第293話 製鉄業と請負制度の関係性

「これまでの精錬所って奴はな、分断作業が基本だったんだよ」

「ああ、そういうことか」

「おっ。雇い主さんの方はそれだけで分かっちまったのかよ!? ははっ。さすがというべきか」

「一応、紛いなりにも所有者ではあるからな。人の流れは把握しているさ」


 ゼフが一言そう口にした途端、デュランは何かを納得した形で頷いていた。

 そしてただそれだけで自分が言おうとしていることに察しがついていることにゼフは驚きを隠せなかった。


「おいおい、二人してなぁ~に解かり合っていやがるんだよ! 俺にも分かるよう説明してくれよな!」

「はははっ。すまんなアルフ」


 蚊帳の外で二人の会話の意味が分からないとアルフは憤りを見せていたが、デュランはそれを嗜める形でこのように説明を始めた。


「要するにこれまでの製錬所や精錬所、それらをひっくるめた業界……即ち『製鉄業せいてつぎょう』とも言うべきか、それらは今まで個々に独立したものでしかなかったんだ」

「う、うん? それってのはいったい???」

「まぁ、簡単に言っちまえば、鉱物石から金属を取り出す『製錬所』、そして次なる不純物や金属濃度を高める『精錬所』、そして仕上げ加工や製品を仕上げる『製鉄所』、大きく分ければこの三つから成り立っていた産業なんだ」


 デュランはアルフでも理解できるように噛み砕いて説明をする。


「それらを全部合わせたってのが、いまデュランが言っていた……」

「いわゆる製鉄業というものだな」


 アルフの言葉を補う形で、デュランはそう言葉を口にした。


「だけど、ウチのは……」

「ああ、そうだ。精錬所でありながらも、鉄鉱石から金属を取り出す製錬所の役割と同時に、その後にある製錬所及び圧延などもする製鉄所の役割までも担っている。それが可能となっているのも……」

「ああああっ! そ、それがさっきから言っていた連続鋳造機って奴なのか!!」


 ここに来てようやくアルフはデュランとゼフが新たなに確立した技術である、連続鋳造機の意味を理解した。

 もっとも概要だけは言葉として理解していたのだが、そのように噛み砕かれ丁寧な説明を受けたことで、改めてその凄さを目の当たりにしたのである。


 通常ならば『製錬所』『精錬所』『製鉄所』この三つが揃っているのは余程大規模な工場でしかない。

 その理由として場所的問題はもちろんのこと、技術的ノウハウや人員、それに費用の観点から見てみても、それらすべてを一箇所に集約するという発想すら当時の事業家達は持ち得なかったからである。


 ルイスから買収したこの精錬所では製錬及び精錬を主な業務とし、その後の圧延などの工程はオマケ程度でしかなかった。もちろん一応の機械類はあったものの、その規模は専門的な製鉄所から見れば小規模に他ならない。


 これまでは圧延などの仕上げ工程については、納品先である製鉄所などに納め、その後については相手の仕事として留まっていたが、今回連続鋳造機というまったくもって新しい技術革新により、一連の流れそのすべてを一箇所で集約することが可能となったのである。


「あれ? でも変だよな。その三つだかがこれまで独立してたってのは理解できたんだが、どうしてそれが労働者への雇用に繋がるんだよ? 一箇所に集約できたんなら、むしろ人を減らすことができるんじゃないのか?」


 アルフはそこで気づいてしまう。


 通常であれば、個々の事業形態に必要な人数を減らす目的で作業効率は確立されるものである。

 デュラン達が口にしていたのは、まったくもって真逆の理論に他ならなかった。


 だがそれこそ、短期間での大量生産にした技術的意味合いを紐解くことへ繋がることになる。


「いいかい、兄ちゃん。これまでの精錬ってヤツはインゴット方式が基本だったんだ。それは言っちまえばな、溶けた金属を型に流して、ある程度冷えるのを待たなければならねぇ。その間、作業員はどうしていると思うよ?」

「どうするって、そりゃ~……あっ」


 ゼフがアルフに問いかける形で聞いてみると、彼は然も当然と言った感じに答えようとして、その事実に気づいてしまった。


「そうだ。つまりより多くの型を増やすか、もしくは作業員は冷え固まるまで待たなければならないんだ。ま、その間に次の準備をしたりなど暇を持て余していたわけではないだろうが、それでも作業員の人数はそれほど多く必要ではなかったということなんだ」

「そっか……そういうことなのかよ」


 デュランがゼフの代わりとばかりに答えると、アルフは納得した顔を見せ頷いている。


 実際問題、当時の他製錬所また精錬所においては作業員の数は少なかったのである。


 18世紀から19世紀のイギリスにおいて、精錬所を始めとした製鉄業については『請負うけおい制度』という形態が製鉄業界では幅を利かせていた。


 そもそもその請負制度とはいかなるものなのか?


 それは例えば精錬所の所有者がゼフのような熟練職人に対して雇用契約を結び、彼は自分の下で働く徒弟とていと呼ばれる労働者を自ら雇用していた。もちろん熟練職人が下働きの者達を雇用するということは、彼自身が賃金を支払い雇用契約を結んでいたということだ。


 そして彼らを労働者として雇い入れ管理監督することで、自ら一人前の熟練職人へと育てていたのである。これらは19世紀半ばまで、高炉や精錬事業では事実として記されている。

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