第291話 素人視点

 アルフが気づいた連続鋳造機の出口付近に備え付けられている丸みを帯びた両端のツメ部分について、デュラン達は調べ始めた。

 実はこれが大当たりであり、形状を測って鋼片こうへん……専門用語ではビレットやスラブという、鋳造・成型されて出てきた金属表面に縞模様が出来ている半製品(中間製品)に照らし合わせてみると、これがピッタリ一致したのである。


 つまり熱せられ成型されて出てきた鋼片が、蒸気機関と連動されて動くこのツメで引き出されることにより、挟まれ押し付けられる形でその表面上へと刻印されていたのだった。


 それなら何故デュラン達がそのことに気づけなかったかというと、連続鋳造機はまだ新しい技術製法及び装置であるためであった。


 これまではインゴット製法だったために型へと流し込み冷やすだけで、鋼鉄を作り上げてきた。

 しかし、連続鋳造機ではその一つ一つの作業を見直し効率化を図ることにより、従来の製造法とは一線を画くほど短期間での鋼鉄の大量生産を可能にした。


 それはイチイチ鋼鉄が冷えるのを待つ必要性がなく、一つの機械で精錬加工から鋳造、その後にある圧延工程までを連動させることで可能にしたのである。

 このため半製品の再加工や再加熱する必要がなくなり、鋼板こうはんにおける大幅な作業効率を実現したのだった。


 だがそのような一連動作の性質上、その過程で半製品を取り出すこともできなくなっていたのである。

 デュランもゼフも圧延加工前に問題が生じていることを承知しつつも、原因と思しき工程を見つけることができなかったのだ。


 アルフはこの数日の間、仕事を休んでいたので、その彼ら中で凝り固まっていた既成概念というものを持ち合わせてはいなかった。

 今回そのことが幸いして、割れの原因を突き止めることができたのである。


 新しい技術を確立して何か大きな問題にぶち当たったときこそ、この既成概念や一般常識その他を排除して考えねばならない。

 アルフは知らぬが故にデュラン達に質問するという形で、彼らとは違う視点違う思考で物事を見ることが出来たのである。



「原因は分かったが、解決策はあるのだろうか? この部品を別な物に変える……というのは安易だろ?」

「そうだな。仮に素材や形状を変えて試してみても、出てくる鋼片は熱を帯びて柔らかい。結局、刻印を刻む形になるだろうな」

「ならば、出てくる過程で冷やす……というのはどうだ? それなら温度が下がり硬度も増すのではないか?」

「いいや、それは駄目だ。急激に冷ましちまうと、熱疲労破壊ねつひろうはかいで余計大きな割れが生じちまう。それは表面だけでなく、中にまでヒビが生じる重大な欠陥を生んじまうよ」


 デュランとゼフはさっそく、問題部分のツメをどうするのかと悩み相談していた。

 ともに思いついたことやそれに対する問題点を洗い出していたが、それでも根本的な解決には到らなかった。


 デュランが言ったとおり、出てくる高熱を帯びた金属を冷ませば硬度を増すことになるが、急激に冷やせばその温度差により金属に割れが生じてしまうことになる。

 またツメ自体も鋼鉄と銅の合金から別の素材に変えたとしても、根本的には何も変わることはないだろう。


「なぁデュラン。俺はどういった仕組みで連続鋳造機(?)ってのが、動くのか分からねえんだが、よかったら教えてくれねぇか?」

「そうだな……とりあえずアルフに仕組みを教えがてら、俺達も改めて工程の見直しをしてみるのも悪くはないだろう。もしかすると何かしら見落としがあるかもしれないしな」

「そこに解決策がある……ってことか。よーし、分かったよ。初めから手順を踏んで説明するとするか!」


 アルフは連続鋳造機の仕組み自体を知らないため、デュラン達の会話に入ることが出来なかった。

 そのためどうなっているのかと疑問に思い、デュランに説明してくれるよう頼んできた。


 デュランとゼフも彼の知識を知らぬが故の思いつきに期待して、自分達もイチから仕組みを見直してみるつもりでアルフに説明を始める。


「じゃあ、いいかい? 精錬については兄ちゃんも知ってるだろ? この新しい連続鋳造機ってのはだな、その溶かした銑鉄をこっち上部備え付けられている取鍋とりなべから、その下に備え付けられている受け皿であるタンディッシュに流し込むんだ。これの目的は浮いてくる不純物なんかを取り除くためでもある」

「ふーん。このかき混ぜ棒みたいなのも……」

「ああ、そうだよ。それで溶炉内を混ぜることにより、鋼鉄よりも軽い不純物が浮き上がってくる。それを引っかき棒みたいなそれで掬い取って、更に純度を高めて質の良い鋼鉄を作ることができるんだ」


 ゼフは一つ一つの工程を丁寧に説明しつつ、時折アルフが疑問に思ったことに対しても説明してくれている。彼も彼なりにアルフに一目を置いているのかもしれない。


 何か問題に突き当たり立ち止まったときこそ、アルフのような素人視点で物を考える人間が必要になってくるのかもしれない。

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