第290話 常識への疑念

「ゼフさん。もしかするとなんだが、この縞模様はあの新しい連続鋳造機が原因なんじゃないか? 工程というか、それを鑑みても前工程でしかこのような断続的な模様はできないはずだ。まさかレーン中に規則正しくも模様が作られているわけではないだろうし、それに転がすだけのベアリングローラーだけではこのようなものができないだろう」

「……かもしれねぇなぁ。普通こんな綺麗に刻印のような模様が出来るわけねぇもんな。実は俺もアレが原因なんじゃないかと思い始めていたところなんだ」


 デュランが立ち上がり、思いつく限りの考えを口にするとゼフは頷いて見せた。


 圧延工程であるプレス機の前段階には、鋳造機とプレス機を繋いでいるベアリング式ローラーの製造レーンしかなかった。

 だからこそレーン床に敷き詰められている円筒状のベアリング式ローラーか、もしくは連続鋳造機しか原因は考えられなかったのだ


 仮に移動を楽にするためのローラーが大本の原因だとしても、それはこれまでも使っていたものである。

 もしもそれが縞模様が出来る原因ならば、これまでこの精錬所で作ってきた鋼鉄や他の製品についても、同じように断続的な縞模様が出てこなければ辻褄が合わなかった。


 よってデュランもゼフも、新しく設置した連続鋳造機に問題があると結論付けた。

 そしてその仮説は奇しくも意外なところで見つけてしまうであった。


 製錬の工程を経て銑鉄された鉄は、デュランとゼフが新しく開発した連続鋳造機へと流し込まれていく。

 これは一般的に『押し出し成型機』と呼ばれるものであり、連続して押し出しながら鋳造を行えることから、そのような名称が付けられた。


 この製造法のメリットは、これまでのインゴット法とは違い、出来上がった鋼鉄の一つ一つを塊にしなくても良いという点である。

 金属を塊にするということは、それだけその後にあるプレス機で薄く延ばすための圧延工程が大変になる、ということの裏返しでもあった。


 ならば、これまではどうしてそのような製造法が行われていたかと言えば、鋳造することが簡単だからだ。

 なんせ、溶かしたばかりの銑鉄をただ型へと流し込み、冷めるのを待って取り出す。ただそれだけで難しいことは何もなかった。


 だがその後の工程を冷静に考えてみれば、これこそ非効率な製造法はないと言えるであろう。

 一旦冷やしながら金属の塊にしてから再度別の場所で再び熱を加え、その後にプレス機で何度も何度も圧延しなければならないのだ。


 デュラン達はその工程が効率が良くないと考え、精錬されて熱を帯びたままの金属をそのまま成型するという新たな製造法を見つけたのである。

 それこそが鋳造と成型を一度に行うことのできる連続鋳造機と呼ばれる機械だった。


 この製法を見つけたからこそ、通常ならば鋼鉄を作るのに二週間かかるところ、たったの15分程度で作り上げるという短期的大量生産を可能にしたのだ。

 しかも多大な製造費削減はもとより、人件費まで大幅に減らすことができる、精錬事業に関して画期的な技術革新と言える。


「まさか効率を求めた結果、これが原因となるとはあまりにも予想外なことだったな」

「ああ、俺もここの部分が原因になっちまうとは思いもよらなかったぜ」


 デュランとゼフは成型されて金属板が出てくる部分に注目していた。


「なぁ、その左右に付いている出っ張りみたいなものは、確か金属を挟み込むヤツだよな?」


 二人が出口を覗き込んでいる真横から、アルフも覗き込む形で二人が注目している物を指差してみせた。


 それは押し出し成型機の要とも言える新たな装置であった。


「ああ、鋳造され成型されて出てくる金属を、この両端のツメで挟むことで引っ張り出すことができるんだ。これが無くては型から取り出すのが困難になってしまう。それにこの部分だけは鋼鉄が溶けるような超高熱にも耐えられるようにと、鋼鉄に銅などを混ぜて作られた特殊合金が使われているんだ」


 デュランはアルフに顔を向けながらそう説明すると、再び出口付近に備え付けられている丸みを帯びたツメに目を向ける。


「ゼフさん。これは人力じゃなくて、もちろん水を沸騰させて動く蒸気機関を使っているんだよな? 鉱山で言うところの蒸気ポンプのような仕組みで?」

「ああ、そうだよ。一見すると物々しい設備に見えるかもしれねえがな、原理としては蒸気で動く機関車や蒸気ポンプに使われているのとまったく一緒だぜ。燃料で水を沸騰させ、その蒸気圧で大掛かりな機械を動かす。ただそれだけの単純な仕組みになっている。そっちのほうが故障したときに修理しやすいし、部品さえありゃ~自分達で修理できるからな。イチイチ修理工を頼んでいたんじゃ、割に合わねえからな」


 デュランはその原理を理解していたが、改めてゼフにその動力源と仕組みを聞いてみた。

 彼は特に馬鹿にすることもなく、自らも言葉として噛み締める形で説明する。


 問題を解決するのに近道なんてもの一切存在せず、こうした一つ一つの物事を改めて確認していくことこそが、何よりも必要不可欠なことなのである。

 既に知っている情報や常識、それらを疑うことでほとんどの問題は解決することができると言える。


 また自分の身の回りでしか問題が起きないのと同じく、解決策もまた自分の周りにしか存在し得ない。

 要するに問題を解決できる糸口ヒントが目に見えているはずなのに、まだ気づいていないだけのことなのだ。


 時に自分の知識や情報、それに一般的には常識などと呼ばれる物事へ疑いをかけることから、解決の道を導き出せることができると言える。

 デュランとゼフはアルフの何気ない一言から、解決の糸口を探り当てた。それまで一度たりとも疑ったことのない、鋳造機から出てきたばかりの金属板に問題があることを突き止めることができた。


 だからこそ、その根本的な解決策もあるはずだという謎の確信を得ていたのであった。

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