第288話 知らぬが故の助言

「どうしたんだデュラン? 急に黙りこくっちまって……」

「アルフっ!!」

「は、はい!?」


 アルフは何かを考え込むように俯き、鋼鉄表面に無数に出来ている縞模様を見つめたデュランのことを心配するよう覗き込んでみる。すると突如としてデュランが自分の名を叫び、アルフは彼に怒られるのではないかと勘違いして姿勢を正し返事をする。


 だが、そんな彼の心理とは正反対に顔を上げたデュランは怒ってる顔ではなく、むしろ喜んで笑顔となっていた。

 そしてこうも言葉を続ける。


「アルフのおかげで割れが生じる原因の切っ掛けを掴めたかもしれないぞ!」

「えっ? えっ? 俺のおかげ???」


 デュランは興奮した様子で彼の方に手をかけながら、何度も強く叩きながら喜びとともに労いの言葉をかけた。

 しかし、当の本人であるアルフには自分の何が切っ掛けとなったのか、訳も分からずにただ戸惑うだけだった。


 そんな彼に対してデュランは連続鋳造機から出て、そのまま流れるようにその先にあるプレス機へと飲み込まれていく鋼鉄を流し見た。

 そう鋳造された鋼鉄はこうして休むことなく、熱せられたままプレス機のある圧延工程へと流れて行ってしまうため、金属表面に縞模様が出来ていることに気づけなかったのである。


「ゼフさん! 悪いんだが、ここから一本だけ取り出してくれないか?」

「ええっ! なんだい、そりゃ!? 成型されてるとはいえ、今の今までけてた金属だぜ。それに圧延にかける前に取り出して冷やしちまったら、再加工するのが面倒になっちまうよ。二度手間になっちまうだぜ。それでもいいっていうのかい?」


 デュランは近くで作業をしていたゼフに呼びかけると、鋳造されたばかりの鋼鉄一本を圧延工程に行く前に取り出して欲しいと頼む。

 だがそれは通常ならば、まずありえない頼み事である。


 何故なら鋳造されて成型されて出てきた鋼鉄とはいえ、その荒熱はすぐに冷えるようなものではなく、また圧延工程にはその熱こそが必要不可欠なのだ。もしも途中で取り出して冷えてしまえば、再度鋼鉄に熱を入れるか、もしくは再び炉へ戻して溶かさなければ、ここの精錬所の設備だけでは再加工不可能となってしまう。


 そのためゼフは出来たばかりの鋼鉄が無駄になる、または面倒事になると渋っていたのだ。


「そこをなんとか頼む! このとおりだ」

「ああ、分かった分かったよ。雇い主であるアンタにそうまで頼まれちゃ~、断れるわけねぇだろうよ。だが、ちょっと待っててくれよ。レーンから出すなんてのは、初めての経験だからな。人手と十分な安全を確保しなけりゃ、怪我人が出ちまうかもしれねぇ」


 渋い顔をしているゼフに対してデュランが頭を下げて頼み込むと、彼は困った顔を浮かべ、そしてどうにか成型機から出たばかりの未だ真っ赤に焼けた鋼鉄をレーンから外してくれるのだという。


 尤も流れ作業という製造工程上、レーンの両脇には合金製の仕切りが付けられている。

 これも製品が落下せぬようにとの安全策の一つであった。


 またレーンには円筒状のローラーが無数に備え付けられており、この上を成型機から出てきたばかりの重い鋼鉄の板が滑り流れ、次の圧延工程まで運ばれる仕組みとなっている。

 このため、運ぶのに多くの人手を必要とせずに僅か数人程度の力で、運べるように工夫がなされていた。


 だがレーンから重い鋼鉄を、それも出来上がったばかりで真っ赤に表面が焼けている鋼鉄板を取り出すことは至難の業であった。それは作業員十数人で鋼鉄板一本の取り出しに苦戦する中、またもやアルフの何気ない一言で解決されてしまう。


「なぁ……別にレーンから無理に取り出さなくても、このまま流せばいいんじゃねえか? だって普段はそうやって加工された鋼鉄を取り出しているんだろ? そっちのほうが断然作業も楽になるし、圧延のプレス機を作動させなきゃ同じことじゃないのか?」


 アルフからそう言われて初めてデュランもゼフも、そしてその他十数人の男達もその意外な解決法に驚かされた。確かに改めてそう聞いてみれば、それはとても単純なことではあった。だが、ここにいる誰もそのことに気がつかなかったのである。


 レーンは圧延工程のその先まで続き、その後は取り出し口として緩やかな下り坂となっている。

 このため取り出すのも楽なのだが、デュラン及びゼフを含む作業者達はプレス機は動かして通すものだとばかり勝手に思い込んでいたのである。


 何も必ずしもプレス機は動かす必要もなく、またそのまま通せばアルフの言うとおり、難なく圧延未加工の鋼鉄板一本が取り出せてしまうのだった。


「今日のアルフは一味違うな。これまで頭を抱え悩んでいたことが馬鹿のように思えてしまうよ。なぁゼフさん?」

「ああ、そうだな。この兄ちゃんも、ただのツンツン頭の兄ちゃんじゃなかったんだな……」


 デュランとゼフはアルフの何気ない一言がとても役に立っていると関心しつつも、この数日の悩み事も彼が居れば難なく解決できたのではないかと嫌でも気づいてしまうのである。

 そのことをアルフに直接伝えてみると、彼はこんな言葉を口にする。


「そんな凄げぇことかよ? 俺はただ頭が悪いから、口に出してデュラン達に聞いてみてるだけなんだけどな。ま、それが役に立つってんなら俺も嬉しい限りだぜ♪」


 アルフだけは能天気に自分はただ疑問を口にしただけで、解決するのはデュラン達だと述べるに留まった。

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