第287話 重大な欠陥

「へぇ~、これがスラッジ……金属表面上の割れってヤツなのかぁ~。なんだか凄えぇな。おっ、鉄よりも硬い金属だってのに、手だけで簡単に剥がれやがるぞ! こりゃおもしれぇ~」

「はぁーっ。数日会わなくても、アルフはアルフだったな。ほんと、相変わらずだよお前は」


 デュランはさっそくアルフに問題となっているプレス加工後の鋼鉄の板を彼に見せてみることにした。

 話を伝え聞くだけでなく、こうして現物を前にして自分の目で見ながら手で触り、感触を確かめることが何にも勝る重要なことである。


 机上の空論をいくら膨らませたところで、問題が起こっている場はいつも現場なのだ。

 だから解決の糸口もそれに付随する形で、現場にしか存在しないと断言できる。


 それは物も人も等しく同じであり、必ず何かしら解決のヒントが得られるもの。

 たとえそれがどんなに小さくとも、その切っ掛けさえ掴めれば、あとはただ答えに出会うまで試すのみ。


 それが物事を解決する近道と言える。

 またそれは誰かしらの何気ない一言により、気づくことが出来ることもある。


 デュラン達の問題の場合、それはアルフのこんな一言だった。


「なぁ……このドンドン出てくる金属の棒に縞々の模様みたいなのがあるんだけど、これが普通なのか?」

「えっ? ああ、連続鋳造機のことか?」


 アルフが新しく確立された連続鋳造機……即ち押し出し成型機の出口から出てくる真っ赤に熱せられた鋼鉄の板を前に、そんな疑問をデュランへと投げかけてくる。

 デュランも釣られる形で成型機から出てくる金属に目を向けてみると、彼の言うとおり未だ真っ赤に焼けた表面に縞模様のようなものが出来ていることが確認できたのである。


「まぁこれは普通なんじゃないか? そもそも俺は以前の鋼鉄の工程ってやつをあまりよく知らないのだが……。なぁゼフさん、これは問題ないのか?」

「ん? この縞模様のことか? いや、実は俺も今の新しい設備にしてから気づいてはいたんだがよ……」


 デュランは長年この仕事に携わっている工場責任者のゼフに聞いてみるが、彼からの返答はとても鈍いものだった。


 確かにこれまで彼がしていた鋼鉄の精錬工程を鑑みれば、初めてだと言われても何ら不思議なことではなかった。

 何故なら、デュランの精錬所では銑鉄後、出来上がった鋼鉄はすべて大きめの型へと流し込まれ、そのほとんどがインゴットの塊の製品として取引先へと納品していたのである。


 もちろんこの精錬所でも圧延するためのプレス機はあるにはあったが、基本的には次なる製鉄所や製品工場へと送られ、その後は自分達が使いやすいように加工するのが一般的だった。


 そしてインゴットの塊は非常に硬いため、圧延の工程すら非常に労力を伴う作業だった。

 だからこそ、これまでは鋼鉄という素材を作るのにも二週間という膨大な時間がかかってしまっていたのであった。


「……ゼフさん。前にここで作っていたっていう鋼鉄のインゴットはまだ残っているのか?」

「インゴットかい? ああ、それならそっちの隅っこの方に置いてあるよ。なんせ、突然の工場閉鎖だったからな。ウチへの注文自体も取り止めになっちまったもんだから、納品する場所もなくてこの数ヵ月の間はずっと眠っていやがってる」


 アルフとゼフ、その二人の言葉に引っ掛かりを覚えてデュランは、これまで作っていたという鋼鉄のインゴットを見てみることにした。

 ゼフは工場の隅にあるシートが被されている一角を指差す。


 今にして思えば、デュランもアルフも鋼鉄のインゴットは未だに見たことがなかった。

 だからこれまで新しく設置した機械である連続鋳造機から出てくる姿しか見たことがなかったのである。


 このため、鋼鉄表面に無数の凹凸を作り上げている縞模様の違和感に気づくことが出来なかった。


「これか……あちらのと比べるまでもなく、表面が随分と綺麗に仕上げられているものなんだな」

「こりゃ全然手触りが違うや。さっきのは日焼けした皮膚のように簡単に剥がれ落ちちまったけどよぉ~、こりゃほんとに硬ぇっ!」


 コンコン。

 アルフが物は試しと、四角の形に鎮座していた鋼鉄のインゴットの表面をまるでドアでもノックするように叩き、その強度を確かめていた。


 人間の手程度で強度を測ること自体無謀といえるが、それでも先程触れた表面にスラッジが出来ている鋼鉄から見れば、表面上に多少の凹凸が生じているものの仕上げの綺麗さとは目に見えて明らかである。

 ツルツルしているというか、金属なりのゴツゴツ感が触ってみると見受けられたが、それでも触っただけで金属表面がボロボロ落ちることはなかったのだ。


 そして一番肝心である金属表面には、先程の圧延工程前の鋼鉄にあるような縞模様はどこにもなかった。


「インゴットの鋼鉄には表面のどこにも縞模様が無くて、圧延後にも問題は生じない。対してこっちの鋼鉄には表面全体に縞模様があって、プレス機を通すと割れが生じてしまうが、強度は前のよりもある。もしかするとこの縞模様が……」


 デュランはここにきて、ようやくスラッジが発生する問題原因の糸口を探り当てようとしていた。

 しかしそれは、簡単に解決できる問題ではなかった。


 何故ならそれは鋼鉄の製造を短期間で可能にし、大量生産することができた構造そのものにこそ重大な欠陥があったからである。

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