第285話 未だ見えぬ出口

 デュランとゼフの二人は、とりあえず割れが生じる製品から逆算して、改めて工程の一つ一つを確認してみることにした。

 表面を削り取った鋼鉄が製品として使えるならば、それはつまり素材自体には何の問題もないことを示していたからである。


 問題があるとすれば、圧延工程……その過程前後で何らかの問題があるのかもしれないと、デュランとゼフの見解は一致していた。

 さっそくデュランはゼフとともに圧延に使われるプレス機や摩擦熱と表面磨耗を防ぐための潤滑に使われる工業油を確認してみるが、どこにも異変は見当たらない。


 そして実際に精錬加工を経た鋼鉄素材が熱せられたまま、蒸気機関を原動力として動くプレス機に圧延される時にその事件は起こってしまった。


「どれどれこれがプレス機を通ったばかりの……あっ」

「ったく。やっぱり同じなのかよ」


 出来上がったばかりの鋼鉄素材がプレス加工を終え出てくると、そこには先程と同じく表面上に割れが生じてしまっていたのである。

 確かにプレス機に入れる前には、このような割れや異変は一切見受けられなかった。それなのに出てきたものは、表面全体に割れが出来ている。


「うーん、やはり無理なのか? それともプレス機が悪い……なんてことは考えられないか?」

「プレス機かい? こりゃ~どこの精錬所でも使われているものなんだぜ。それに機械的不具合はそれこそ日常的にあるかもしれねえよ、でもこんな風に酷いスラッジが出来るなんて話は聞いてこともねぇ」


 デュランはプレス機が悪いのではないかとゼフに進言したものの、彼は頑なにプレス機が原因ではないと反論する。


(ま、確かにプレス加工の工程はどこの精錬所でもすることだから、仮にプレス機に何らかの問題が生じていればゼフが知らないわけがなかったというわけか。それこそこの道何十年と仕事をしてきた彼でさえ、初めて目にするという現象なのだ。容易にその解決の糸口が見つかるわけがないことは、百も承知している。だからこそ、そこが盲点になっているんじゃないのか?)


 デュランはそれでもベテラン職人の彼だからこそ、見逃している点があるのではないかと考え始めていた。


 実際にプレス前の鋼鉄板には割れは生じていなかった。

 だからデュランがプレス機に問題解決の糸口を見出したとしても、何ら不思議なことではない。


 それでも何度試してみても、表面上にスラッジが出来るという結果だけしか得られなかった。


「それじゃ次は精錬される前の工程を確かめてみるとするかい?」

「そうだな。もし問題があるのならば、精錬する炉内部で何かの不具合が起きているのかもしれない。もしかするとなんだが、新しくした炉壁の素材が溶け出して悪さをしているとは考えられないか?」

「あーっ、そういやこれまでの作業工程と唯一変更した点と言やぁ~、炉壁に使われている素材も含まれるんだったな。確かに可能性の一つとしては考えられるな……」


 次にデュランはプレス工程の前……つまり精錬される工程を改めて調べてみることにした。


 以前の生産工程と尤も違う点と言えば、炉内部壁に使われている防護材をただの耐熱レンガ壁から石灰と同じ塩基性であるドロマイト鉱石を用いた耐熱レンガへと変えたことであった。

 またそれに使われる接着剤として、粘りがある石油由来のコールタールを用いており、それが炉内部で長時間の高温に晒されるために銑鉄へと溶け出しているのではないかというのが二人の見解であった。


 これまでデュランの精錬所が作っていた鋼鉄の質が悪かった原因も不純物が混ざりすぎていたためであり、今回も同じく炉内部壁に使われているそれらの鉱物と副産物が悪さをしている可能性もあったのである。

 しかし、そんな二人の見解も裏切られる形となってしまう。


 何故なら、精錬されて出てきた鋼鉄はこれまでこの精錬所で作られていた鋼鉄よりも、明らかに強度が増していたのである。

 それはこれまで精錬加工する度に炉底へと溜まっていた純度の著しく低い鋼鉄が混じらなくなったことによる質の均等化とともに、その前段階で高炉に入れる前にクズの鉄鉱石とコークスを焼結して純度を高めていた成果でもあったのだ。


「……問題が無いどころか、むしろ以前よりも強度が増していたな」

「やはり、この工程にはどこにも問題が無いように思えるな。それに効率化による多大な恩恵は無視することが出来ない。それこそ鋼鉄を15分で作り上げるには、これしか方法がないというわけか」


 ゼフとデュランは自分達が新たに確立した技術を前にして、改めてどこにも問題もなく、むしろ鋼鉄における質の向上及び強度の大幅な増加、そして何よりも作業時間の大幅な短縮を再確認させられただけだった。


 もし問題があるとすれば、ここかプレス加工、その二択しか考えられなかった。それ以前の製錬加工を調べてみても出てくる鉄の質は向上しているため、まったくの無意味である。


 だがしかし、これで考え得る問題はすべて洗い出したはずである。

 鉄の質も良く、炉内部の炉壁の素材が溶け出ているわけでもなかった。


 二人には問題解決の糸口すら、見つけられなかった。

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