第284話 新たな壁
「ウチで出来た鋼鉄がその後にある加工で、こんなにも表面割れが生じてしまえば、まったくもって金を取れる製品として使い物にならないだろうなぁ」
「……いや、解決策が何もねぇわけじゃねぇんだ」
「な、なに本当かっ!? ならば、何故それを先に言わないのだ!」
デュランの失望とも取れる言葉を聞いたゼフがそれをフォローする形でそんなことを口にすると、デュランは激しい言葉を彼に浴びせた。
「あっ……いや、すまなかった。つい、興奮してしまって……」
あまりにも絶望過ぎる問題を告げられてしまった直後に、解決策があるなどと言われてしまったデュランは感情の起伏のバランスを保てず、ついそんな荒々しい言葉を投げかけてしまったと彼に謝罪の言葉を投げかける。
「いや、こっちこそ不安を煽るようなことばかり言っちまったから、雇い主さんが謝る筋合いはまったくもってねぇよ。すまなかったな」
「う、うむ。まぁお互い様……というところだな」
「雇い主であるアンタがそう言ってくれたら、こっちとしてもありがてぇよ」
自分より二回りほど年上であるゼフに頭まで下げられてしまえば、いくらデュランと言えども彼を気遣う口調しか言葉を出せなかった。
しかしゼフは雇い主と労働者という資本関係から、キッチリとした態度と分別をつけている言葉を口にする。
「そ、それで、このスラッジとやらの解決策というのは一体何なのだ?」
「う、うーん。それなんだがな……」
そして気を取り直して、改めてその解決策とやらをゼフに問うことにした。
だが彼の顔色は依然として明るいものではなく、むしろ何かを言いづらそうにもしている。
「もしや、とても難しい作業だったりするのか? だから貴方のような熟練工しか仕事ができないとか?」
「いや、全然難しくはねえよ。作業自体は単純そのものなんだが……。ただ表面を削り落してから、磨けばそれでいいみたいだ。どうやらスラッジは金属表面だけに出来ていやがるようだから、その下の金属自体の強度は鋼鉄のそれと同等のようだしな」
「表面を削る……? ああ、なるほどな。それならば、そんな深刻そうな顔で悩む必要なんて何も……あっ」
「……ようやく俺が言いてぇことを理解したかい?」
「ああ、アンタと同じく顔を顰めてしまうほどに、な」
ゼフはたどたどしくも、鋼鉄の表面を削れば普通に製品として納品できると口にした。
その説明を聞いたデュランは不思議そうに首を傾げながらも納得して頷いたとき、あることに気がついてしまう。
「詰まるところ、ウチで作られた鋼鉄素材は圧延加工の後、再加工が必要になるということなんじゃないか?」
「そのとおりだ。……とは言ってもな、さっきも言ったようにそれほど難しい工程じゃねぇ。ただ一本や二本なら問題ねぇかもしれねぇが、それが数千数万となっちまうと……」
「……相当な時間と人手がかかるということだな」
ゼフはデュランの言うとおりだと言わんばかり頷き、肯定してみせた。
実際、割れが生じている鋼鉄を製品としてそのまま引き受けてくれる所は皆無と言える。
そのため、デュラン達は自分達で圧延から表面に出来た
またそれにかかる時間は作業員数人がかりで一本当たり数時間の時間を要してしまうらしい。
鉄道会社のようにそれこそ一度に数百数千……時には数万本という途方もないほど大量の注文を請け負ってしまえば、表面を削り仕上げるだけでも相当な時間を要することを意味している。
デュランは15分で一本の計算の元、ルイスとの取引に応じた。
それが一本当たり数倍以上ともなれば、その計画が既に破綻していることは火を見るよりも明らかである。
また出来上がったばかりの鋼鉄はとても熱を帯びているため、削る作業をするには完全に冷めるまで数時間は待たなければならない。
このため、出来上がる鋼鉄の日産は相当厳しいものとなってしまう。
デュランがこの問題を解決しない限りは、鋼鉄の橋を作り上げることなど実質不可能であると言える。
これまでデュランの精錬所で鋼鉄を作り上げる際には、インゴットの塊であった。
だが、その後に圧延などの工程を経ても、このような問題は起きたことが無かったとゼフは説明してくれた。
……となれば、作業効率のため大幅な時間短縮を可能とした新しい技術である押し出し成型機の連続鋳造機方式に問題があるのかもしれない。
連続鋳造機はこれまでの鋼鉄を作り上げるのに二週間もかかった日数を、最短で15分という途方もない技術革新を齎してくれた。
その恩恵には多大な計り知れないものがあったが、それと同時に表面に荒が出来てしまうという問題を抱え込むことになってしまった。
遅く作れば丁寧且つ良質な鋼鉄が出来上がり、早く作れば粗悪で再加工の手間がかかる鋼鉄が出来てしまう。
またもやデュランの前に大きな壁が立ちはだかってしまった。
それは彼が尤も得意とする
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