第281話 売り言葉に買い言葉

「概要は理解した。だがな、その資金はもちろん事前に貰い受けることができるんだろうな?」

「おいおい、デュラン君。君も一企業を所有する者にも関わらず、商業取引もしたことのないズブの素人みたいなこと言い出さないでくれたまえよ。そんなもの事前に受け取れるわけがないだろうが! みんな橋や道路などの公共事業と呼ばれるものはな、その工事が完了してから、初めてその対価を受け取れるものなんだ。こんなことは子供理解できる事柄なのに……もしや、君は知らなかったのかい? あ~っはっはっはっ」

「っ!?」


 デュランは橋を作るには相当量な鋼鉄及びその原材料である鉄鉱石などが必要になる手前、その資金をルイスから受け取りそれを工事費として充てるつもりだった。

 しかし、それは公共事業などの取引においては非常識な考え方である。


 一般的に道路や橋、それに巨大なダムなどを作る場合には、主に国から受注する形としての公共事業なのだ。その財源はもちろん国民から少しずつ集めた税金ではあるが、その工事を一手に引き受ける先はほとんどが民間企業である。


 国自ら先導する形で工事をすれば形としては一番良い方法ではあるが、そのための人や物、また設備機械等を常に持たなければならず、あまりにも非効率とされている。

 またそれでは国内における産業に仕事が平等には行き渡らず、不公平感も出てきてしまう。


 このため国や管轄する政府などは、公共事業を民間企業に委託する形で仕事を割り振るのが一般的だった。


 これはつまり国から仕事を平等且つ公平に割り振るための言わば、内需向上の目的に他ならない。

 橋や道路、またダムなどの公共事業における工期は最低でも半年以上と、その間ずっと携わる人々に仕事を与え続ける。


 もちろんそれはあくまでも一貫性のため、恒久的ではない。

 しかし、国内はそれこそ無限とも思えるほど公共事業としての工事が溢れているのである。


 また国としても公共事業には入札制度と国からの公認書などの制約を設けることで、本来かかるであろう工事費を安く抑える狙いとともに、工事を引き受ける企業を暗黙の了解のうちに配下として収めることができる。

 それに付属する形で協会や団体などを立ち上げることで、そこから寄付や協力費という名目で資金を吸い上げることもできるようになる。


 企業としても一定期間の仕事と報酬を見込める公共事業は歓迎すべきものであり、特に土木建築業やそれに関わる生産工場はそれの上で成り立っていると言っても大げさなことではなかった。

 それに庶民も日雇いの仕事をあやかるなど、その恩恵はそれこそ国全体へ水辺の波紋のように国の隅々へと波及していくことになる。


 税金で賄われている性質上、年度年度に予算というものが決められてはいたが、それでもどの産業にも引けを取らないほどその規模は巨大なものであった。


 また公共事業の工事を請け負うには、国自ら最低予算を提示する制度を必ず経なければならず、他のライバル企業よりも低く値を付けたものが工事を受注できるという入札制度が採用されている。

 その工事費の支払いについても、工事完了と同時なので企業はその間、すべての費用を企業自ら全額負担しなければならない。


 このため工事の途中で資金繰りに困り果てて破産してしまう企業も少なくなかったが、その工事費について一切支払われることはなく企業は路頭に迷うのみである。

 一見するとリスクが高いように思える公共事業ではあるが、基本的に引き受けるのは名が広く知れた資金豊富な大手の企業のみであった。


「一体全体、どうしたというんだデュラン君。急に黙ってしまって、先程までこの私を追い詰めていた勢いはどこへいったというんだい? もし違っていたら大変失礼なのだが、資金の宛てがなくて困っている……なぁ~んてことはないだろうね? なぁデュラン君♪」

「ぐっ」


 ルイスはデュランの表情から、そうであると確信しつつも、敢えて彼の神経を逆撫でさせるため、わざとらしくも嫌味を口にする。

 デュランは今彼が言ったことがすべて事実であったため、一切反論する言葉を口にできなかった。


 結局のところ、世の中は金がすべてである。

 金がなければ何も始まらないと言っても過言ではない。


 それは企業であればあるほど、また正攻法で成り上がれば成り上がるほど、掲げた理想と現実との乖離は一層激しくなる。

 だから国及び政府も、ルイス率いるオッペンハイム商会の言いなりになっていたのだ。


「……や……る」

「うん?」


 デュランは顔を伏せたまま、何かを呟いた。

 ルイスはそれを降参の意味であると捉えていたのだが、その予想は裏切られることになる。


「やってやる、と言ったんだよ!!」

「ほぉ……それはそれは……なんとも見上げた志だね。デュラン君ならば、絶対に断らないと思っていたよ」

「だが、その代わりとしてもしも俺が鋼鉄の橋を完成させたら、お前のところの鉄道会社で使うレールはすべてウチの製品を使う……それに間違いはないだろうな?」

「もちろんだとも。本当に君が鋼鉄を使った橋などという“まやかし”を作れるならば、ね。くくくっ」


 デュランはルイスの挑発に乗せられる形で、事故が遭った鉄橋を鋼鉄の素材を使って橋を元に戻すと啖呵たんかを切ってみせた。


 それと同時に橋が完成した暁には、ルイスが所有する鉄道会社のレールはすべてデュランの所で製造する鋼鉄製のレールに置き換えるとの約束も取り付ける。ルイスはそんなことができるわけがないと高を括り、嘲笑う形でデュランに不気味な笑みを浮かべるのであった。

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