第278話 心理の裏側
(だが奴の言うとおり、私が口にしたように鉄道事故が鉄の強度不足ならば、それを別の素材で補ってやれば事故は減るのではないか? それにレールの交換頻度も減ることになり、その分利益が増えることを意味してもいる。だが、それにしても鋼鉄製のレールを作ることは不可能だ。ナイフやフォークのような小物ならば、まだ筋が通るだろうがな)
ルイスはデュランの与太話を馬鹿にしつつも、そのアイディア自体は間違いでないことを認めていた。
それでも鋼鉄をレールのような、大規模且つ巨大な製品へと生産するような技術が未だ確立されていないことも知っていたのである。
だからこそ話半分に……それこそ夢物語のようなことを語る、デュランの言葉が信じられずにいた。
彼は経営者という立場ながら、それでも会社のことは書類のうえで完璧に把握していた。
それは既にデュランに売却してしまった精錬所なども含まれている。
かつて自分が所有していた精錬所では、鋼鉄を作るのに精錬加工から鍛錬加工までを施し、実に二週間の期間を要すると認識している。
しかもそれは生産性に富んでいるわけでもなく、極々僅かの量しか生産できなかったはず。
鉄道に使われるレールであれば、それこそ数十倍、いや数百倍の生産能力は必要になるはずだった。
それにその話は鉄道会社一社であり、この国では既にいくつも鉄道会社が存在し、日々会社の存続をかけて競争している。
もしもデュランが口にしたとおり、鋼鉄製のレールが鉄道各社の需要を賄えるほど供給、また大量生産が可能になったならば、それこそ産業革命以来の特需を齎すことになる。
鋼鉄製のレールを作れるなら、その技術を応用することで鉄橋や通常の橋はもちろんのこと、建物に使われる建築資材、大型の船など、ありとあらゆる鉄素材が鋼鉄素材として置き換えることが出来ることだろう。
その市場規模は莫大であり、ルイスと言えどもその資産価値までは予測不能だった。
それは国内はもとより外国に輸出することも可能になるだろうし、世界中で使われている鉄、そのすべてを鋼鉄に置き換えられると言っても決して大げさなことではなかった。
「鋼鉄は確かに生産性に富んではいなかった。これまでは、な」
「なん……だと? ま、まさか鋼鉄の大量生産に成功したというつもりなのか? だが、それだとお前が持っている精錬所の規模では高が知れているはずだぞ! こ、この私に嘘の話を騙るつもりなら許さないぞ!」
デュランは意味深にも、今は違うような口ぶりをしている。
ルイスはその言葉の意味の裏を勘繰り、そして激しく動揺していた。
精錬所をデュランが手に入れてから、たった数ヵ月の間に鋼鉄の大量生産する技術を確立できるわけがないだろうし、そもそも一つや二つの精錬所程度ではそこで作ることの出来る鋼鉄の日産量も限られてくる。
ルイスはデュランが虚偽の情報で自分のことを惑わせるつもりなのか、それとも架空のレール受注で罠にかけるつもりなのかと、その判断をつけるのに困っていた。
またもしも本当にデュランの精錬所で鋼鉄の大量生産が可能だった場合、ここで断ってしまえば、他の鉄道会社へ提携を求めるなんてことにもなりかねない。
そうしたら自分が株式を有する鉄道会社は破産に追い込まれるか、買収される恐れまで出てきてしまう。
(本当に鋼鉄の大量生産が可能だというのか? もしそうなら、敢えて私のところへ来た理由はなんだ? これまで奴にしてきた仕打ちを考えれば、恨まれこそすれ、共に手を携えるなんてことが果たしてありえることなのか?)
ルイスはデュランの心理も意図も読むことが出来なかった。
(いや、待てよ……私の手元にはマーガレットがいる。もし奴がまだ彼女に未練があるなら、あるいは……この話を持ってきた真理はそこにあるんじゃないのか?)
そこで引っ掛かったのは、自分の妻であるマーガレットのことだった。
デュランが彼女に心を寄せていたのは知っている。
また彼女もデュランに未だ未練を持っているかもしれない。
もしも彼が何らかの理由で自分に手を差し伸べるということは、それ即ち彼女の存在がデュランの足枷となっていることも十分考えられる。
本当に他の鉄道会社と手を組み、ルイスが株取引で大損を出してしまえば、主力である石買い屋の商売はもちろんのこと、今現在進行している銀行業についても頓挫してしまい、最悪の場合には破産する可能性もあったのだ。
もちろんデュランからしてみれば、それは願ったり叶ったりの状況でもあるが、気になってくるのは妻であるマーガレットである。彼女の真理の程は定かでないにしろ、表面上は夫婦に他ならない。このため、もし本当にルイスが破産すれば、それ即ち彼女の破滅をも意味している。
いくら仮面夫婦を気取ろうとも、夫婦間に裏取引があろうとも、そんなものは第三者である債務者には一切関係ないこと。下手をすればマーガレットも多額の負債に負われ、どこかの貴族にその体ごと売られてしまうかもしれない。
それは些か行き過ぎた考えではあったが、それでも可能性が万に一つでもあるならば、デュランと言えども見過ごすことは出来ないはず。あるいは、オッペンハイム商会とルイス自身の能力を利用し、彼自身が成り上がるそのための
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