第277話 呆れ顔と余裕の笑み
「は、話にならない。そちらから頼み事をしているというのに、何故私の不利益と成り得る話を承諾すると思ってるんだっ!? やはり君とは根本的に分かり合えないようだ。君とは違って私は忙しい身なのだ、早く帰ってくれっ!!」
デュランが数倍の値だと主張した途端、ルイスはその理由すらも聞く程ではないと一蹴して、声を荒げながら早く帰るようにと部屋のドアを指差した。
その口調こそ丁寧さを装ってはいるものの、ルイスの心の中では今にも憤る気持ちが爆発しそうになっている。
(血迷ったのかデュラン! そのような話をこの私が受けると本気で承諾するはずが無いだろうに……。それとも単に私のことを馬鹿にしに来たのか? もしそうだとしたら、この男を亡き者にするしか……)
そして未だ部屋から立ち去らないデュランを睨み付け、今にも彼の頭に向かって銃を突きつけなんばかりの勢いである。
しかし、そんな彼とは対照的にデュランはこの場に到ってもなお、冷静なままだった。
それどころか余裕のないルイスとは違い、デュランには余裕の笑みを浮かべるほどである。
「ふふっ」
「な、何が可笑しくて笑っているのだ!!」
「お前が憤る気持ちも分からないでもないさ。俺だってそこだけを言われたら、怒るだろうしな。まぁ話は最後まで聞けよ、ルイス。その懐に入れた右手を出して、な」
「ぐっ……そ、そうだな。確かに君の言うとおりかもしれない。最後まで君の話を聞いてからでも、引き金を引くのは遅くはないだろう」
デュランの何か企んでいる余裕の笑みを前にして、ルイスは冷静さを取り戻しつつあった。
そして彼に指摘されたとおり、護身用にと上着の内ポケットに隠してある銃から右手を離すと、乱れた上着端を正し、あくまでも見た目冷静さを装う。
だが内心では今なお、いつ彼の頭を弾くのか、そしてどんな与太話を聞かされるのかと心穏やかではなかった。
「ちなみになんだが、ルイスは鉄道事故がどうして起こるものだと考えているんだ?」
「ははっ、そんなことは知れたことだ。鉄道における事故の大半はレールや鉄橋が老朽化しているだけのことだろう。あるいはその上を走る機関車の重さや車輪の振動に鉄素材自体が耐え切れず、脱線や崩落の事故を招いている。ただそれだけのことだ」
デュランはルイスに向かい、当事者として事故の原因を問いかけてみる。
彼は株主として、事故原因の詳細を粒さに聞き及んでいた。もちろんそれは株主として、また事業家として、経営判断の材料になることは言うまでもなかった。
ルイスは事故原因をレールあるいは鉄橋の経年劣化、そして機関車自らの重さとそれを動かし動力として伝える車輪が原因であると述べる。
「なるほどな、確かにその認識で合ってはいる。それで鉄道会社は毎年のようにレールを交換しているんだろ?」
「ああ、そうだとも。それが一体全体なんだというんだ! 前置きはもういいから、早く本題に入ってくれっ!!」
デュランの言葉に苛立ちを覚えてルイスは、既に取り繕う余裕を無くし、怒鳴るようにそう叫んだ。
それに対してデュランはそのときを待ち望んでいたかのように、こんな言葉を口にする。
「もしもなんだが……そのレールを交換する頻度が大幅に遅らせることができるとしたら、どうする?」
「れ、レールの交換頻度を大幅に遅らせる……だと? ば、馬鹿馬鹿しい。そもそもそんなことは君に言われるまでもなく、鉄道会社ならば皆が皆、百も承知していることだ! そのうえで鉄道事故が起こっているんだぞ! ったく。今日は貴様の与太話のおかげで貴重な時間を無駄にしてしまった。このようなくだらないことに時間を割くとは、我ながらどうかしていた」
デュランの言葉を再度噛み締める形で、ルイスは彼の言葉を呟いてみせる。
そして一瞬、彼が何を口にしたのか思考が追いつかずに間が開き、そしてようやくその意味を理解すると、馬鹿にしたかのような言葉と態度を取っている。
「もちろんそうだ。俺だってそんなことくらい理解しているさ。だがな、そもそもの話、錬鉄製のレールでは強度が不足している。それを……」
「あーあーっ、君の言いたいことは私だって理解しているさ。別の素材で補うつもりなんだろ? はんっ! そんなことはどの鉄道会社でも既に試している。それに元々今の素材である鉄が使われるようになった以前のレールは木製だったと言うしな。そのうえで、鉄のほうが強度があるからと時代の流れで置き換わった歴史があるのだ。それなのに、言うに事欠いて君は今更レールの素材を見直すなどとの世迷言を口にするとはな」
ルイスはデュランの話と途中にも関わらず、遮る形で言葉を口にし、呆れ果てていた。
だが、それでもデュランは一切動揺することなく、こんな言葉を続ける。
「なら、
「鋼鉄製のレールを? ば、馬鹿馬鹿しい。それこそ本当に馬鹿というものだぞ! 鋼鉄という素材は鉄よりも強度はあるだろうが、そもそもレールのような大量生産するものには向かないものなのだぞ。そんなことは精錬所をいくつも経営し運営していたが、精錬についてはズブの素人であるこの私でさえも重々承知していることだ。それを言うに事欠いて、鋼鉄製のレールに置き換えるなどという、まるで寝言のような話……あまりにも非現実的すぎて面白くもなんともない」
デュランが強度の劣る錬鉄製のレールから鋼鉄製のレールへと切り替えることを口にすると、彼は即座に否定してみせ、デュランに対して失望し呆れ果てている。
尤も、そのような話を鉄道会社に持ちかけたところで彼と同じような反応をされてしまうのがオチである。なんせ鋼鉄は大量生産には向かず、またその技術も未だ確立されいないものと広く知れ渡っていたのだから。
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