第276話 立場的優劣の差
「まさかとは思うが、君自身が矢面に立ち、遺族ができない法的責任や賠償金を私に求める……な~んてことはないだろうね?」
「ふふっ。だとしたら、お前はどうするというのだ? それに素直に応じる男でもないだろうに?」
ルイスもそう口にしてから、デュランが口にしたとおりだと思ってしまった。
そしてデュランのその口ぶりから察するに、その可能性は無きに等しいことも理解してしまう。
(確かデュランの奴は、
そこでルイスはデュランが自分に何の話を持ちかけ、共に手を組もうと申し出てきたのか、その意図に気づいてた。
そうデュランはルイスから買収した精錬所を持っている。詰まるところ、鉄道事故の大本の原因である鉄橋に使われている鉄材や鉄レールなどを容易に生産をできるということなのだ。
(つまりデュランの奴は、鉄道会社に欠かすことのできないレールを売りに来たというのか? それならば、こうして話を持ちかけてきた道理も納得がいく。くくくっ。まさか、この私に直接それをしにくるとはな。逆に言えば、デュランはそこまで追い詰められているとも言える。ならば、私はそれを逆手に取り、有利すぎるほどの条件を奴に突きつけることができるぞ!)
ルイスのその憶測は半分は当たっていた。
確かにその点だけで見れば、デュランは鉄レールを売ることで利益を得られ、ルイスもまた欠かすことの出来ないレールを容易に入手することができる。
ただそれも大量発注して、値段を引き下げた場合のみである。
なんせこの国にある精錬所は、何もデュランのところだけに限った話ではないのだ。
実際問題、ルイスは鉄道会社に必要不可欠だった自らの精錬所を不要であると感じ、次の次の買い主が彼であることを承知した上で売却していた。
その意図は手っ取り早く資金を調達する意味の他に、生産性の悪化、また設備の老朽化、それらに伴う労働者達への賃金などの観点から、外注でレールを発注する方が、これからの時代利益と成り得ると判断したからであった。
通常であれば、自分のところでレールを生産、使用するようにすれば、市価よりも断然安い値で利用することが出来る。なんせルイス率いるオッペンハイム商会は元々が石買い屋。それこそ鉄を作るのに不可欠な鉄鉱石や石灰石、それに石炭など自前で安い値で供給することができる。
このため、これまでは自前で鉄から鉄道に不可欠な錬鉄製の鉄レールを生産、使用してきたのだが、先にも述べた理由により、今では自分とは関係のない精錬所や製鉄所にレールの発注をしている。
……というのも、実はこれにはカラクリがあった。
それは精錬所で不可欠な鉱物資源等々の供給を締め上げることで、自前で生産するよりも安価で卸すようにと脅していたのである。一口に相手を脅したといっても、それは態度や言葉、また書面など後々証拠として残るものようなものではなく、彼らが欲するところの供給資源を少なくするという荒業だった。
結果的に言えば、これはルイスが当初考えていた以上に効果抜群であった。
なんせ自分ところで生産していた錬鉄製のレールよりも、二、三割ほど安い値で大量に仕入れることができた。それならば、誰しも自前で作るような無駄を省き、外注に頼るのが企業家としての本質である。
ルイスもまたそれにただ従い、倣っただけの事。
こんなことは一企業を運営しているものならば、常日頃から決断を迫られる事柄なのだ。
ただし、ルイスの場合は他とは違って規模があまりに大きく、その業態も多岐に渡るという点において普通の企業家ならば、まず取れない戦略でもあったわけだった。その思惑は成功し、こうして敵方であるはずのデュランまでも、彼の後塵を拝するしか生き残る道はなかったのである。
ルイスはこの圧倒的立場と巡り巡ってきた幸運の機会を存分に利用するつもりだった。
彼と彼が持つ精錬所などを使い倒すだけ使い倒し、最後には慈悲無くも捨て去る腹積もりである。
だがそんな彼の強かな思惑も、次のデュランの言葉で帳消しとなってしまう。
「ふふっ。まぁお前のことだから、他の精錬所のように市価よりも安い値で鉄道に不可欠なレールを日常的に卸させるつもりだろうが、生憎とそんなお前の考えなんてものは百も承知している。だが、そんな風に喜んでいるところで水を差すようで残念なことだがな、俺の精錬所がお前の鉄道会社に卸すレールの価格は市価の数倍だ!」
「す、数倍……だと? 正気かっ!?」
「ああ、お前に問われるまでもなく、俺はどこまでいっても正気だぞ。正気の上で、レールの卸値は数倍だと言っているんだ!!」
ルイスはデュランが気が触れて、そんなことを言い出してのかと激しく動揺してしまった。
そこにはデュランなりの考えがあり、またそのように仕向けられたことをルイス本人はまだ知る由も無かった。
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