第275話 ルイスの焦り
「それじゃあ何か、以前のようにまた私が所有する鉄道会社の株を自分達で印刷して、それを株式市場へと売却することで大儲けする算段でもしているのか? 残念だったが、その方法なら、既に法で禁止されている。君が悪い前例を作ってしまったせいでね」
デュランがルイスの言葉を否定して見せると、彼は次に思い浮かんでいた株券の無限印刷をして、利益を得ようとしているのではないかと勘繰る。
だがそれもデュラン本人が前例を作り上げてしまったため、既に国からは株式の取引における最重要禁止事項として、国の法で規制されてしまった。
デュランもそれは最初から想定していたこととはいえ、自分の名が悪い意味で広く知れ渡ってしまうかと心配していたが、そもそも庶民にとってみれば、株なんてものは縁遠い存在であったため、その事実すら知る者は決して多くはなかったのである。
もし知っている者がいるとすれば、それはルイスのように法にも経済にも携わっている者、日常的に株取引をしている企業家、あるいは法人会社や個人経営の一部の人間の間くらいなものである。
だかしかし、それら人物または会社でも、彼を激しく非難することは憚れた。
何故なら彼は既に法の裁きを受け、処刑される寸前、業界を裏から牛耳っているフィクサーに助けられた。
もし彼を無視してデュランを非難しようものならば、今度は自分達が謂れのない罪を被せられた挙句、ギロチン台にかけられ、処刑されることだって考えられる。
またデュランが仕出かしたことは、あくまでも合法の範囲の元に行われた、言わば法の裏を突いた形であった。
このため法の捌きを受けることなく、またそれらの物事で大きく損失を出した張本人、オッペンハイムのルイスとしても彼の所有する会社に敵対的買収を仕掛け、結果として相手側が一枚も二枚も上手であったため、企業としてまた法的にも敗れてしまった。ただそれだけのことなのだ。
だからこそルイスも嫌味こそ口にはしていたが、法の整備が追いつかぬ合法だと認められてしまった今では、裁判所に願い出ることも一切の抗弁することもできないのである。
「この俺でも、さすがにそんな愚かしい真似事は二度もしないぞ」
「じゃあ、なんだっていうんだ? いい加減、もったいぶらずに話せよ」
デュランののらりくらりとした態度と言葉に業を煮やしたのか、ルイスはいつもの口調も冷静さも失いつつあった。
だがそれも、デュランとしては思惑通りの筋書きである。
「お前のところの鉄道会社は先日、事故を起こしたそうだな?」
「っ!? な、なんだそのことで君は来たのかい? ははっ。これはこれは、なんともご苦労なことだな。君は私が考えていた以上に暇を持て余しているようだね」
デュランがルインから聞いた鉄道事故の話を持ち出すと、ルイスの顔色が一瞬にして変わった。
それは自身の鉄道会社をデュランが調べ上げ、そのうえで嫌味でも言いに来たのかと、勘違いする。
彼は先んじる形で、デュランから顔を背けながらこんな言葉を口にする。
「ま、確かに私が株を所有する鉄道会社で事故が起きた。だが、それがなんだというんだい? そんなものはいつものことじゃないか。何も珍しいことではないか。そもそもだ、君はこの一年間に国内において、どれほどの鉄道事故が起きているのかを知っているのか? 片手では数え切れず、その犠牲者に至っては数十人から百人以上にも、のぼる年もあるくらいだ!」
ルイスは言い訳のように、そうデュランに向かって開き直って見せたが、内心焦りを隠せずにいた。
口では如何にもなんともない風を装っていたが、彼にとっても鉄道事故というものは頭の痛い問題だったのである。
なんせ一度事故が起こってしまえば、壊れたレールや崩落した鉄橋は元より、客車や貨物車、それを牽く蒸気機関車本体など、ありとあらゆる面で大きな損失を生んでしまう。
それは鉄道会社自体の利益を始めとした、会社の存続自体を危ぶまれる事態へと発展することも十分考えられる。
幸いなのは、乗り合わせていた乗客達の残された遺族から法的責任や賠償金などを求められない点だけであった。この時代、この国においては、まだ事故に関しての賠償や運営会社に対する罪の是非、その他についての法整備が正しく成されていない為、仮に鉄道事故に遭っても鉄道会社へ過失責任を求めたり、賠償金を請求したりもできなかったからだ。
よって残された遺族に出来ることと言えば、変わり果てた姿で家に戻ってきた家族を前にして悲しみに暮れるしかない。
失ってしまった家族が生き返ることも何もなく、『ただ運が悪かった』『鉄道を使わなければよかった』などという、後悔の言葉だけが彼らが口にできる精一杯だった。
そもそも鉄道に乗り合わせている人の大半が、庶民である。
彼らにとってみれば裁判をする費用どころか、弁護士を雇う金すらも持ち合わせてはいない者がほとんどなのだ。
だから鉄道を使った移動手段や旅行などは、すべて自己責任となっている。
このため、鉄道会社の株式を持っているルイスは壊れた列車や貨物の心配だけをすれば良かったのだ。
これも悲しい事実であるが、結局のところ鉄道会社としても、また国及び法としても、人を人とも思わないことが罷り通り、それが常識であるという認識で成り立っていた時代なのである。
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