第274話 新たな時代の企業家達

 その後、デュランはルイスに対して、このような提案を持ちかける。


「ルイス、お前はまだ資産を持っているのだろ? それも多くの株を有している鉄道会社の株を……」


 デュランは彼が鉄道会社の大株主であることに当たりをつけていたのである。

 それについて確固たる証拠や誰に聞いたわけでもなかったため、完全にデュランがそうであると思い込み、鎌を掛けてそう口にしたのであった。


「どこからそのような情報を得たのか知らないが、そうだ……そのとおりだよ、デュラン君」


 ルイスはデュランが知っていることに対して驚きつつも、その事実を認める。

 彼は以前、国から合法的な金融業である銀行の認可を受けるため、その保証金として多額の資金を集めるため、いらない資産をすべて売り払っていた。


 それはあくまでも彼自身が収益とならない、または様々な理由から未来永劫に渡り収益が見込み得ないと判断した資産を売却したに過ぎなかったのである。

 当然、その買受は他者を通してデュランが受け持ったのだが、それでも彼には他にも利益を齎す株式や会社をいくつも持ち合わせていたのだ。


 その一つが鉄道会社であり、デュランはそれに目を付け、ルイスと手を組もうとしていたのであった。


(やはりか……。ま、当然と言えば当然のことだろうな。この国でも上から順に名を挙げれば、最上位となる男ならば、鉄道会社自体を持っていたとしても何ら変な話ではないしな。むしろ必然というわけか)


 デュランのそれはただの勘ではあったが、それでも確固たる自信の裏付けでもあった。

 なんせ資産だけで見れば、国随一を誇るオッペンハイム商会。その当主たる男ならば、金になる話を見逃すはずがないのだ。


 また戦争が終わり、これからの時代は名のある王族や貴族の時代ではなく、名も無き庶民の時代になると、デュランもルイスも思っていた。

 デュランは父親の名と家名を受け継いだ貴族ではあるが、ルイスに到っては親子、更には曽祖父に到るまで商売で財を成した言わば名も無き庶民と言ってもいい。


 これからの時代、もう19世紀も末に差し掛かり、新たな時代の幕開けである20世紀を前にして、既存の権力などは力を失いつつあったのである。

 それが王族や貴族であり、彼らの存在は歴史的に鑑みても疎まれることは明白の事実なのだ。


 庶民の時代、そしてまたデュランやルイスのような企業家と呼ばれる者達の時代へと移り変わっていく。

 それは人が、また時代が求めている新たな世界の姿なのかもしれない。


 世界は絶えず、変化し続けている。

 例えそれが悪いこと良いことであったとしても、一時も休むことなく、またその場に留まることもせず、動き続けている。


 それでこそ人の文化・文明が、ここまで発達してこれたのかもしれない。

 今の時代は王族や貴族など、古めかしいものを求めているのではない。


 新たな文明、文化人、そして企業家達を求めていたのだ。

 それは人が人であるために、そうせざるを得なかったのかもしれない。


 自分達が生き残るために、時代に合わせて変化し続ける……それでこそ、人が人である由縁であり、生きる意味なのかもしれない。



「それで私の鉄道会社がどうしたというのかね? まさかデュラン君は精錬所や鉱山などの資産に続けて、それすらも買収しようとしているんじゃないだろうね?」


 ルイスは警戒心をより強めながら、そのようにデュランの顔を睨んでいる。


 確かに端的に見れば、ルイスのその主張はデュランにとっても、またルイス本人にとっても利益となる話に他ならない。

 けれども、彼は鉄道会社の株を手放す気はなかったのだ。


 だからこそ、余計にデュランがそのような話を持ちかけてきたと思って、嫌悪感を強めていたのである。

 もし彼が自分の鉄道会社を買収するようなことにでもなれば、彼は企業家として大きな一歩を踏み出したことを世間へ示すことになる。


 庶民からは死罪を免れた英雄として、またこれからの国の未来を背負う一企業家として、祭り上げられる危険性も孕んでいる。

 そうなってしまえば、これまで以上に自分の邪魔をしてくるのは、自明の理である。


 それだけはなんとしても避けなければならないと、ルイスはデュランの話を突っぱねるつもりだった。


「……いや、違う。そのために来たわけじゃない」

「おや、違うかい?」

「そりゃそうだろ。既にお前に手の内がバレていることを、そう何度も繰り返すほど俺は愚かではない。それにもしも鉄道会社の買収を仕掛けるならば、このようにお前の前にノコノコと姿を現したりはしない。やるなら、お前にバレないよう裏でやるさ。お前だってそれを承知した上で、聞いているんだろうが?」

「くくくっ。まぁね。君の言葉に倣うならば、私自身も手の内を晒すなんて、愚かしい真似事はしない。もしあるとするならば、君を嵌めるためだろうね」


 ルイスは未だデュランに対して牽制の姿勢を見せたが、それでも彼は敢えて真正面からそれを受け止め、往なすに留まった。


 通常なら、そこで嫌味の一つでも口にしたいところだったが、あくまでもここへ来た目的はルイスと手を組むためであり、彼の自尊心や無駄な煽りは逆効果であると考え自制したのである。

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