第273話 決して揺るがない自信

「君が何を喋っているのか、よく分からないね。そもそも私と何について手を組みたいなどと言っているのか、そろそろ具体的な話を聞かせてはくれまいか?」


 痺れを切らしたのか、ルイスは話の主導権を彼に委ねてしまう。

 それは大変危険なことでもあるが、今はそうしなければどうすることもできない。


 最初から主導権の切っ掛けをデュランが得ていたため、甘んじて後塵こうじんを拝し、その身を委ねるほかなかったのだ。


「そうだな、さっきも言ったのだが、俺はお前からいらない資産である精錬所などを買い受けた。こんなことは今更お前に説明せずとも、既に知っているのだろう?」

「…………」


 デュランの言葉に対し、ルイスは肯定とも否定とも頷くこともせず、何も答えなかった。

 だがそれこそが、沈黙の肯定であるとデュランは確信を持つことになる。


 話の場・交渉の場で、話の主導権を相手に委ねてしまうと、こうした肯定とも否定とも言えぬ沈黙こそが「そうである」と認めた事実であると、暗に相手に知られてしまうことがある。


 仮にもしここで否定してしまえば、相手がすべてを知っていれば逆手に取られてしまうだろうし、逆に肯定してしまえば自らの罪を認めた形となってしまう。

 またこうして今のルイスのように何も語らずとも、たったそれだけで事実を認めているのと同義になってしまう。


 ルイスだって、そんなことは百も承知の上、どうしようもできずに何も答えなかったのだ。

 だからこそ、どのような状況においても話の主導権を相手に委ねてはならないのだが、そもそも今日この場でデュランと会うと応じてしまった時点で、彼の思惑に乗せられてしまっていたのである。


 そのことにルイス自身も気づいてはいたが、彼に残された道は前に進むほかなかった。


「ふむ。私の資産はリアンを通して紹介された、ミス・ローズという女性が買い受けたとの報告は受けてはいたよ。だが、まさかその裏に君がいたとはな……」


 わざとらしくもルイスは正攻法において、この状況を乗り切ろうと明確な言葉を用いずに、あるがままの事実だけを書類上と等しく述べるに留まった。

 それはデュランの言葉を肯定とも否定とも言えぬ曖昧な返答ではあったが、デュランはそんな彼の心中を汲み取る形でこんな言葉を口にする。


「まぁ……な。実はその後、彼女から譲り受けることになったんだ。それも彼女が買収した額と同等の金額でな」

「なぁ~るほど、そういう経緯があったのかい。それは偶然というよりも、もはや必然と言ったほうがいいだろうね」


 デュランは敢えてルイスが示した話の道筋をなぞり、ルイスもまたデュランに話を合わせる。


 実際、互いに確固たる証拠は何も持ち合わせてはおらず、状況証拠と相手に対する心証だけという、客観的立場である第三者には認められない形の上でしか成り立たない。

 だがそれでも、明け透けに絵空事を互いに騙り合うにはちょうど良かった。


「そこでなんだがな、互いに利益と成り得る話を持ってきた。その意味も含めて、俺とお前とで手を組まないかという提案をしにやって来た」

「……もしその言葉が本当ならば、喜んで引き受けようじゃないか。私とて、利益となる話ならば聞く耳を持つよ。もちろんそれは君にとっても、利益となる話なんだろうけどね」


 デュランは勿体付けて具体的な説明を避け、ルイスもまたその話が本当ならばと、牽制する姿勢を見せている。


(デュランの奴は、一体どのような話を持ってきたというつもりなんだ? まぁどうせ私のことを罠にかけようとするありもしない絵空事か、偽りの言葉を並べ立てるつもりだろうが、誰がそんな手に引っ掛かるものか。いや、待てよ……ならば、逆にそれを利用してやればいいのではないか? ここは奴の話に合わせる形で、申し出のとおりに手を組むというのも悪くはないな。それで奴が得られるべき利益までも奪い去ってしまえば、今度こそデュランの奴は音を上げるはずだ)


 ルイスはデュランの申し出を受けつつ、彼の思惑がどこにあるか定まらないまま、最後には裏切るつもりでいた。

 だがしかし、デュランもそんなことは想定している。


 そして彼の自尊心を煽る言葉を口にする。


「ま、お前のことだから俺の言葉を信じる振り手を組む振りをしつつも、裏切る算段をしていることだろうがな。だが、それは最後まで俺の話を聞いてから判断しても遅くはないんじゃないか?」

「ふふっ。それもそうだね……。提案された話も聞かなければ、私も平然と君のことを裏切ることもできやしない。よし、いいだろう。君のその考えとやらを、そしてどうして私と手を組みたいのか、説明してくれたまえ」


 デュランとルイスの関係性においては、互いが互いに相手のことを信用してはいなかった。

 けれども、それならそれで相手を利用し、裏切ればいいだけのこと。それも最初から裏切ることを互いに想定しつつも、自分の利となるよう仕向ける。


 またそれにより一時とはいえ、憎むべき敵方とも手を携え協力しようとも、自分ならば最後には相手を出し抜くことが出来ると、デュランもルイスもお互いに考えていたのであった。

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