第272話 妥協と協力の申し出
「おっと、談笑もここまでにしようか。このあとも何かと忙しい身なのでね。それで今日はどういった用件で、私の元を訪ねて来たのかな? まさか先日の仕返しをしに、わざわざここへ出向いたわけじゃないのだろう?」
ルイスはさっそく本題に入ることにした。
それでも一応、牽制の意味で冤罪と処刑の報復ではないかと、デュランへと尋ねる。
彼は敢えて自らの弱点を晒しつつ、話題として提供することで相手の出方を見極め、その言葉の裏に潜む心理を推察する。
自分に対して何か好からぬことを考えている者ならば、言葉を詰まらせ必死に取り繕うとするだろうし、仮に上手くかわされたとしても、それはそれで相手の力量を見極める判断材料にすることができるのだ。
どちらにせよ、相手の返答一つ態度一つで、如何様にも対応策を考え、導くことが出来る。
これはルイスならではの話術の一つでもあった。
それは例えば、ボード上で駒を操りながら、相手と知力の勝負をするチェスなどのゲームに近いと言える。
チェスは自ら行動を起こすことで相手の動向も探れるし、逆に相手が行動を起こすことにより、自らどうあるべきなのかも容易に予想が立てられるのである。
昔からルイスはたくさんの人々と会話を交わすことで、その能力を自然と身に着けていた。
またそれはオッペンハイムという成り上がりの家系に生まれてしまった、彼の運命であるとも言える。
金や権力があるところには、必ず好からぬ思いを抱いて近づくものがいる。
それを往なし手懐けるには、相手以上に強かになり、言葉の一つ一つも注意しなければならない。
先んじて相手の心理真相を読み取ることが出来るならば、対応策などいくらでも生み出すことが出来る。
これも一種の生存本能に近いのかもしれない。
それこそ、それが『人』か『家系』かの違いだけで、本質的には同じことなのである。
「ま、本来ならそのご期待に添えたいところなんだがな、今日のところは違う用件で訪ねて来た」
「ほぉ、それは何とも興味深いことだね。それ以上の用件とは……。君にとってみれば、余程のことなのだろうね。わざわざこうして私を訪ねてくるくらいだしね」
デュランは敢えて真正面からルイスの言葉を受け止め、それでいて彼の思惑を自分のものと匂わせつつ、別の話題を振ることにした。
ルイスもそんな彼の意図は既に承知の上、続きの言葉を促す形で誘導する。
しかし、次のデュランの言葉には彼でさえ、驚くほかなかった。
「単刀直入に言うが、俺と……手を組まないか?」
「手を……組む? 君とこの私がか?」
「ああ、そうだ」
デュランがわざわざこうしてルイスの屋敷を訪ねて来た理由は、なにも彼を恫喝しにきたわけでも、これまで自分にしてきた仕打ちの数々に対する仕返しをしに来たわけでもなかったのである。
デュランは敢えて自分の心内に潜む感情を抑え、これまでいがみ合って来た相手と手を携えようとしていたのである。
「……それは一体どういった意味なのだろうね? まさか、私と握手をしたいなどという意味ではないんだろ?」
さすがに人を疑うルイスですら、こんなことを相手から申し出られたのは初めてのことだったので、敢えて恍けた振りを装うことで更にデュランの言葉を思惑を引き出そうとする。
(デュランの奴は何を口走っているんだ? この私と手を組む……だと? これまで憎まれ呪い殺されても可笑しくはないことをしてきた相手に対し、例え偽りであろうともそのような言葉を口にするものだろうか? いや……奴に何か別の思惑や裏があると考えれば、あるいは無くはない申し出か? また私を罠に嵌めるため、もしくは真の意図を隠すため、このような申し出をしてきたとも考えられるな)
ルイスは彼の次なる言葉を待ちながらも、心の中で彼に対する様々な思いとともに、言葉の裏の裏の意味まで読み解こうとしていた。
通常ならば、まずこんなことはありえないと言えるほどの申し出である。
なんせルイスは数ヵ月ほど前にデュランへ罪無き罪、つまり冤罪を被せて処刑しようとした張本人なのだ。そんな貶めようとした自分に対して在ろうことか、直接的にも面と向かい自分と手を組みたいなどと言われてしまえば、これがルイスでなくとも彼の言葉を信用することはできないだろう。
この申し出には何かしらの罠や策略が張り巡らされている、あるいは復讐の一端であると考えるのが通常である。
「ふふっ。さすがのルイスと言えども、疑うか。尤もな反応だ。だがな、今罠に嵌められているのはお前ではなくて俺の方なんだぞ。なんせ相場よりも安いとはいえ、お前からいらない資産を
デュランはルイスの心情を汲み取るような言葉を口にし、そして肯定して見せた。
誰がどう聞いても、彼の言葉をそのまま鵜呑みに出来る人間はまずいないと言える。
そんな中でもデュランはそれを認める形で肯定してみせ、何よりも自分がルイスの罠に引っ掛かったことまで、この場にて認めてしまったのである。
それは企業家として、また男として、相手の男に膝を屈した形と言えよう。
だがそれでもデュランにとって見れば、なんてことはないと鼻で笑ってしまう程度にしか感じていなかった。
(交渉場にて主導権を握るには、まず相手の意表を突くことが
デュランは最初からルイスの反応すら織り込み済みで、協力の申し出をしてきたのであった。
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