第271話 現実主義者

 コンコン。

 リアンがルイスが居るであろう部屋のドアを軽く鳴らし、挨拶とともに来客が部屋の前まで来たことを告げる。


「ルイス様、失礼いたします。デュラン様をお連れいたしました」

「……入れ」

「失礼します。さぁデュラン様、中へお入りくださいませ」


 勿体付けるように、少し間を置いてからルイスが返事をすると、リアンはドアを開け放ち、部屋の主に対して一礼と断りの言葉を入れてからデュランを部屋の中へと導く。


「おーっ、これはこれは……なんとも珍しいお客人のようだな。さぁ入りたまえよ、デュラン君」

「……失礼するぞ」


 事前に自分が来たことは執事のリアンから告げられているにも関わらず、ルイスはやや芝居がかったように驚きの声を上げながら椅子から立ち上がって、自分を部屋へと招き入れた。

 一応、相手がそれなりの持て成しをしてくれている手前、デュランもそれに倣う他なく、断りの言葉を口にしてから部屋へと入っていく。


「ほぉ。これはまた……」


 デュランは部屋に入ると、思わずそのような言葉がつい口を付いてしまった。


 部屋の中は到って普通の書斎だった。

 机の上には書類の束や金貨が入っていると思しき、茶色の麻袋が乗せられており、どうやらルイスは普段から仕事部屋として、日常的に使っているのかもしれない。


「おや、どうかしたのかね? そのように部屋の隅々まで目を配らせて……もしや、私の部屋で物珍しいものでも見つけたのかな?」

「いや、あまりにも普通の仕事部屋だと思ってな。お前のことだから、いかにも高そうな絵画や花瓶でも部屋に飾り付けているかと思ってたのだが……違うようだな」

「ああ、なるほどなるほど。どうやら私は普段の態度と見た目から、成金が住むような部屋にでも居ると、君からは思われていたようだね」


 ルイスが部屋を観察するデュランに声をかけると、彼は素直に思ったままを口にする。

 そんな彼の言葉を聞き受けたルイスは、何かを納得する形で二度頷き、自分が他人からどう思われているかを自ら語り始める。


「デュラン君のその期待を裏切るようで残念なことだがね、これが私の仕事部屋だよ。ま、書斎も兼ねているので、本棚には経済書や何やらが幅を利かせてはいるがね。そもそも年代モノの絵画や花瓶など、私の考えから言わせてもらえば、どこまでいってもただの『モノ』でしかない。しかもその価値を決めるのは人であり、金に執着した人間なのだ。そう考えると、成金とは些か可笑しくも、愚かしい行為の成れの果てだとは思わないかねデュラン君? くくくっ」

「さぁな。俺には縁遠く関係ない話だから、そんなことを考えたこともないし、考えている暇も持ち合わせてはいない。仮に使い切れないほどの金を持っていたとしても、そのような物に対して興味が湧かないだろうよ。それに一番大切なのは、物を大切に扱うという人間の心情なのだと、俺は思ってる」

「ふふっ。君はあくまでも、最初から人ありき・・・・で常に物事を語るのだね」


 ルイスはどこか愉快そうな笑みを浮かべながら、デュランの言葉語りに好意を持ち合わせていた。


 デュランもルイスも根本的には理想主義者アイディアリストではなく、どこまでも現実主義者リアリストなのである。

 だから金の使い所に対して、成り上がり者達がするであろう古美術や骨董品などの買い漁りについて、互いに見識や認識の差こそ違えども、興味すらなかったのだ。


 デュランは人を、そしてルイスは金を信じることで、自らの道へと進もうとしていた。


「モノはいつか壊れる……故に美しく、慈しむべき存在である。人生もまた、モノと等しく同じ存在である……か」

「……それは詩か何かの一節か?」

「ん? ああ、いやいや、単に貴人と呼ばれる人々が口にする常套句を言ってみただけだよ。気にしないでくれたまえ」


 ルイスは無意識の内にそんなことを口にしてしまい、デュランは彼が何故そんなことを口にしたのかと興味を持ってしまう。

 しかし、彼からなんでもないと言われてしまえば、それ以上言及することはできなかった。


 だが本質的に、その言葉が言い表している意味をデュランは理解してしまうのであった。


 物も人もいつかは無くなる存在なのだ。

 だからこそ、今この瞬間を大切するべきである。


 ……端的にはそう読み取れるのだが、その言葉の裏は違う。


 何故ならそう語っている人も、等しく同じ運命にあるはずなのに、どこか一歩身を引いた形。それこそ、『自分はそうではない』という意味を、暗に知らせているようにも捉えることができるからである。


 神ならざる人間が、そのような立場を確立するには、世間から自他共に認められた極一部の人物くらいなものだ。

 それが先程ルイスが口にした貴人と呼ばれる人々であり、彼らは世間的に見ても、自他共に認める成功者であると言うことができる。


 デュランの頭の中では、それらに当てはまるであろう人物が二人ほど思い浮かんでいた。

 それはフィクサーとミスローズである。


 ミスローズは企業買収の際、デュランに名貸しをしている。

 そのため間接的とはいえ、ルイスのことを嵌めたも同然なので、彼女と顔見知りという線は薄いと判断することができる。


 きっと先程彼が口にした貴人の常套句というものは、フィクサーの言葉に他ならないとデュランは肌で感じ取ってしまった。

 そして彼がまるで『人ならざるモノ』のように思えてならなかったのであった。

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