第270話 新たな好敵手

 デュランは切り札と思っていた代替人を使った企業買収を、既にルイス本人に見破られていた。


 この場合まず考えられる可能性として、フィクサーもしくはミスローズ、それとリアンまたは公式な書類を作成するルークス、その四人のうち誰かが情報を漏らしたとしか考えられない。


 ルイスが独自に調べ上げた可能性も考えられるのだが、逆にそうなってくるとリアンを含めたフィクサー達が裏切っていることを、ルイス本人も知っていることになってしまう。

 さすがにルイスを始めとした本人達にそのことを直接問い質すわけにもいかず、一体誰が自分の味方なのか、デュランは分からなくなっていた。


 それでも、いずれ近しい日にルイスとは対峙しなければならないのだ。そこでデュランはこのままでは埒が明かないと、ルイス本人に直接会って話をしてみることにした。


 どちらにせよ、ルイスから買収した精錬所はその元となる鉄鉱石の類を仕入れなければ、日々の生産すらも成り立たない。

 遅かれ早かれ、ルイスとは直接対峙しなければならなかった。


 だから結局のところ、そのときが少し早まっただけで、デュランのすることは何も変わることはないのである。


(腐れ縁とでも言うべきなのか。結局、ルイスとは直接話をしなければ何も始まらない。これも奴は最初から予想していたのだろうか?)


 デュランはルイスの屋敷に来る道中の間、様々な思いが頭の中を駆け巡っていたが、結局答えは出るわけがなかった。

 相手と直接面と向かい対峙して、初めて“そうである”という確信を得るほかないのであった。


 コンコン。

 強くドアを打ち鳴らすわけでもなく、デュランは極々普通にドアを打ち鳴らし、来客が訪ねて来たことを暗に知らしめる。


「はい。どちら様でしょうか? あっ……でゅ、デュラン様。今日は一体どうされたのですか? 私に何か火急の用事でも?」

「いや、違う。今日の相手はお前・・じゃない」


 屋敷の中から出てきたのは、やはり執事のリアンだった。

 尤も、ルイスの身の回りの世話をしているのは彼一人だけなので、彼と今この場で出くわしても驚くほどのことでもない。


 リアンはデュランと親しく話すのが、主であるルイスにバレてしまうとマズイと思ったのか、後半はやや小声でデュランの耳に僅かに届くほどの声量でそう訪ねて来た。


(この反応を見るに、リアンは何も知らないのか? いや、知っていてなお、俺のことを欺く目的で演技をしているという可能性もあるか)


 デュランはリアンの素の反応を目の当たりにして、彼が自分のことを裏切ったわけではないと思ってしまう。

 しかし、それでも確信に到るまでには程遠く、とりあえず彼に対する疑念はまだ心内に留め置くことにした。


「どうぞ、中へお入りくださいませ」

「邪魔するぞ」


 さすがに今は名立たる企業家であるオッペンハイムの屋敷ということもあってなのか、せっかく訪ねて来た客人を長々と外で待たせておくような愚考な真似事は、いくらデュラン相手でも取られることはなかった。

 その代わりとして、玄関を入ってすぐの応接用の広々としたダイニングへと通された後、主であるルイスにお伺いを立ててくるからと、ここで暫らく待つようリアンに言われた。


 事前に自分が来ることを知らせるわけでもなく、また約束事も取り付けていないのに、ルイスが会ってくれるかどうか、それすらも未だ定かではない。


 また彼にしても、何の目的があって自分の屋敷を訪ねて来たのか分からないはずだし、今この場で会う理由も存在し得ないはずである。

 だから会ってくれる可能性は、半々といったところだと、デュランは内心思っていた。


 何かしらメリットを感じれば会うことはあるだろうが、それすらも分からない状態では、人を損得勘定でしか推し量れないルイスは会わない可能性も高かった。


「お待たせしました。事前の取り付けはなされていませんでしたが、仕事の合間ならば……と、ルイス様は会ってくれるそうです」

「そうか」


 用意されていた椅子に座るでもなく、デュランがただその場に立ち、待ち惚けしていると、奥にある部屋からリアンが戻ってくる。

 そしてデュランの思いを裏切る形で、ルイスは時間を割いて自分と会ってくれるらしい。


 そこにどんな思いや感情が見え隠れしているのかも分からないが、兎にも角にもここにこうして彼の屋敷を訪ねて来た以上、また直接会ってくれるとルイス本人も言ってくれたので、デュランもそれに従うことにした。


 本当なら、自分に罪無き罪を擦り付け、処刑しようとした相手と直接会いたいだなんて、デュランも思うわけがなかった。

 だが、それでも会わなければ、自分を待ち受けている未来は破滅のみだと、デュラン本人は知っていたのである。


 奇しくも、このような好敵手と思える相手をデュランが得られたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。


 歴史にその名を残す偉人とは、得てして周りに居る人物達が刺激となることで、その本人が持ち合わせている能力を引き出し、より成功へと導くことがある。


 それは共に発明王である直流を支持したトーマス・エジソンと交流を支持した二コラ・テスラもしかり、またアメリカの起業家であり、後に鋼鉄王とも呼ばれたアンドリュー・カーネギーと石油王のジョン・ロックフェラーしかりである。

 彼らも互いをライバル視していながらも、共に成功を収め、後の世に名を残した偉人達なのである。


 デュランとルイスとは、まさにそのような関係性になろうとしていたのであった。

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