第268話 驚くものと笑うもの
「ようやく理解したかね? 鋼鉄を作るのにも、またその大本となる鉄鉱石はもちろんのこと、燃料や還元剤として決して欠かすことの出来ないコークスや石灰石などの鉱物資源が必要ということだ。つまりそれは……」
「……ルイスが当主を勤める、オッペンハイム商会のの石買い屋が牛耳っている」
デュランがルークスの言葉を遮る形で先に声にすると、彼はゆっくりと頷いて見せた。
鉱山などで得られる鉱物資源は、その採掘されたすべてが一旦国の管理下であるセリへとかけられることになる。
これは国力はもちろん、本来得られるべき税収を逃さぬよう脱税されぬようにと、そのような措置が取られていた。
だからデュランが鋼鉄を作ろうにも、その原材料となる鉄鉱石やコークス、それに石灰石などの鉱物資源を別の誰かから購入しなければならなくなるわけだ。
それにも当然のことながら抜け道があり、デュランの名を出さずに別人の名で購入すれば、ルイスにも気づかれて暴利な値を吹っかけられることもなくなる。
「ならば、別の人を間接的に噛ませることで、通常の値段で仕入れることができるのでは?」
デュランは先のルイスの資産買収の時と同じ手を使えば問題ないと反論する。
だがしかし、それを見て取ったルークスは首を横に振ってからこう答えた。
「無駄じゃよ。既にアヤツは、君が自分の不要な資産を買収していると知られておるのじゃ。君は彼のことを随分と甘く見ているようだが、最初からアレらも仕組まれて買わせられた……そうは思わなかったのかい?」
「なっ!?」
デュランは今まさに衝撃の事実を聞かされた。
なんせルイスの資産を安く買い叩いたと今の今まで思っていた。
それなのに、実情はルイスのいらない資産を普通に売却されたのと同じことであると、ルークスは口にしたのである。
―ちょうどその頃、ルイスの屋敷にて
「くくくっ。デュランの奴も、今頃は資金繰りに喘いで苦しんでいるだろうな」
「へへっ。悪いお方だ。騙されたフリをすることで、自分のいらない資産の類を相手に売りつけるとはね。さすがの俺でも、そこまで悪魔にゃ~徹せませんぜ」
オッペンハイム家の当主であるルイスと薄気味悪い笑みを浮かべている軽薄な男、ディアブル・ファシネーがデュランの話をしていた。
彼らは執事であるリアンには内密で、こうして度々会っていたのである。
もちろんその理由は、一つしかなかった。
「これくらいは事業における経費なようなものだ。なんせ、ウチの屋敷には裏切り者がいるのだからな」
「ああ、あの執事のことですかい? 虫も殺さねぇ~綺麗な顔立ちをしてるってのに、心の中じゃ刃を研いでいた。人間、その見た目だけじゃ信用おけませんね」
既にルイスは、リアンが自分のことを裏切っていることを知っていたのだ。
それを知っていながらも、彼を敢えて泳がせることで利用する道を模索していたのである。
その一つが自分には過去の遺産になりつつある、鉄などのを生産に不可欠な設備機械などが古すぎて収益性の見込めない精錬所や、採掘を再開するのに費用を要する長年放置されていた鉱山の存在であった。
当時はそれら資産の買収を試みたものの、あまり運用に力を入れずとも、それらの会社や鉱山からの供給が途絶えたことで、ルイス自身は大儲けをしていたのである。
なんせ市場を独占的に支配し、セリにかけられる鉱物資源の値も、精錬所で作られていた鉄や鋼鉄などでさえも、彼が額を提示すれば相手は買うほかなかったからである。
そのうえで当時買収に使った半値程度で、それらの不要な資産をデュランへ売りつけることにも成功した。
デュランは市場価値の半値程度で、ルイスの資産を安く買い叩いたと思っていただろうが、彼は最初からそれすらも想定済みだったのである。
だが彼一人では、自分のことをよく知り、いつも傍に控えている執事であるリアンの目を誤魔化すことはできない。
下手に自らが動けば、傍に居るリアンが勘付く恐れも十二分にあった。
そこで目を付けた男がディアブルだった。
彼はその見た目の粗暴さとは裏腹に狡猾なうえ、普段リアンに任せていたような情報収集などの仕事もお手の物。
ルイスはリアンが裏切り者だと知ったときから、その代わりを彼に任せていたのである。
尤もそれも、彼は裏社会では重宝されている存在なので、あまり利用する頻度は多くなかった。
「でもまさか、あのお方が平然と裏切るとはね。さすがにあのときにゃ~、貴方も想定外の出来事だったんじゃないですかい? へへへっ」
「……それは言うな」
ディアブルは薄ら笑いを浮かべ、ルイスが裏切られたことすらも愉快だと嘲笑う。
彼が言う『あのとき』とは、デュランに冤罪を被せ処刑しようとした際、フィクサーが止めに入ったことだった。
あれは
当然その後、何か報復でもあるかと彼自身も身構えていたのだが、それがなんとリアンを使ったデュランからの買収劇というお粗末な結果に終わってしまったのだ。
これにはルイスと言えども、拍子抜けな出来事であった。
(私が合法的な金貸しである銀行を開設しようとしていることをフィクサーも知っているはず。それを阻害する手立てがデュランの奴だとしたら、別の意味で予想を裏切られてしまった形だ。ま、それなりの歳なのだから、彼も老いたといったところか。だが……デュランの処刑を邪魔されたことだけは、今思い返してみても実に腹立たしいことだ)
ルイスはこれまで自分とオッペンハイムの家系を手助けしてくれたフィクサーの裏切りに、内心
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