第267話 思考の落とし穴
「だ、だがっ! 錬鉄製のレールは耐久性が悪いのだろ?」
「言いたいことは理解しているぜ。確かに鉄道に使われてるレールって奴は、どんなに長くとも半年に一度は入れ替えなきゃならねぇほど、耐久性がありゃしねぇ」
デュランが食い下がると、ゼフは鋼鉄製レールに活路を見出すのも一考だと渋々ながらも頷いてくれた。
既存の鉄道会社各社は、専門の従業員を置くなどとしてその都度毎日のようにレールの消耗頻度を見極め、半年に一度レールの入れ替える作業をしている。
それに対するレール費用や人件費があまりにも膨大すぎるため、鉄道会社のそのほとんどは赤字に追い込まれ、倒産するところも出てきたほどである。
その理由も至極単純で、蒸気機関車のように車両自体が重く馬よりも速く走る乗り物に対して、それを支えるべきレールの材質が錬鉄では強度不足だった。
このため、線路上での脱線事故や鉄橋での崩落事故に繋がっている。
もちろん彼らも、鋼鉄が錬鉄よりも強度に耐えうる素材であることは知ってはいたが、数倍もある価格差と大量生産に向かない鋼鉄では、とても錬鉄には取って代わるものではないと決め付けていたのである。
そんな経営陣を説得するには大変骨が折れると、ゼフはデュランに言いたかったようだ。
(だが、それをしなければウチの精錬所は潰れてしまう。それこそ、ここで働いてくれている大勢の労働者が失業してしまうんだ。彼らと彼らの家族も含め、なんとしてもレールの受注を獲得しなければならない)
デュランは働いてくれている労働者とその家族の生活を守るため、是が非でも鉄道会社の経営陣を説得しなければならない。
そして次の日、デュランは公証所のルークスの元を訪ねてやって来た。
目的は彼のその人脈を生かした頼み事である。
デュランはゼフとの話し合いの後すぐに、近場にある鉄道会社へと直接交渉しに赴いたのだが、生憎と
いくつかの鉄道会社を回ってみたものの、受付の時点で門前払いを受けてしまい、経営者達と話し合う機会すら得られなかったのだ。
そこで彼が思いついたのは、役人である公証人ルークスの存在だった。
彼ならば無下にあしらわれることもなく、また彼の紹介人として通すことにより、デュランは自分の存在価値を高める腹積もりだ。
「ふむ。次は精錬所なのか。君がルイス氏から多額の資金で買収したことは、もちろんワシも知っている」
「そうでしたか。ならば、話は早いですね」
ルークスは既にデュランがルイスから精錬所などを買収したのを知っていた。
通常ならば、話をしていない相手が自分の近況を知っていれば驚くものだが、デュランはこれといって驚く素振りすら見せない。
なんせ、ルークスとルイスの下で執事をしているリアンは繋がっていると確信していたからだ。
しかも買収に際し、ルイスからあのミス・ローズへと名義を変更するのにも、リアンに任せっきりにしていた。
よってその話は右から左へと伝わっていただろうし、もしかすると彼は率先してそれらの手続きを踏んでくれたのかもしれない。
「なるほどなぁ……供給量が需要に追いつかず、鉄道会社のレールに目星を付けたのか。確かに鉄道会社に金属製のレールは付き物だからね。それこそ需要は増えることはあっても、減ることは決してないとワシも断言することができる。それに何よりも、今の素材よりも強度のある鋼鉄へと置き換えるのも、良いアイディアだとは思う」
「じゃ、じゃあっ!」
諸々の説明を聞いたルークスは、その考えに到って経緯を受け、感心するように頷いている。
デュランは期待を込めて前のめりとなるが、彼の次の言葉はあまりにも予想外だった。
「だが、無理な話だ」
「……えっ? ど、どうして無理だなどと、そんな簡単に……っ!? り、理由はなんですか!」
「ふふっ。理由を求めるか。君はな、自分の考えが良いと思えば、それが完璧なものだと思っている……違うかな?」
「ぐっ」
デュランは図星を指されたと、悔しそうな表情を浮かべてしまう。
確かに今ルークスが口にしたことに対し、デュランは思い当たる節があった。
自分は他者よりも圧倒的に優れている。
そしてどんな難題が降りかかろうとも、これまで上手く切り抜けてきた。
それこそが、デュランの心に陰りを作ってしまっていたのかもしれない。
ルークスは彼の弱点を的確に突いた。
そしてこうも言葉を続ける。
「君はな、大きな点を見落としているんだ。それがなんだか、自分で理解しているのかな?」
「俺……いや、私が見落とした大きな点……」
まるで子供に授業を執り行う教師のように、ルークスは暗に答えを教えるのではなく、彼自身に考えさせる形を取った。
それは彼なりのデュランに対する課題のようでもある。
(俺は一体何を見落としているというのだ? レールの材質を強度の弱い錬鉄から鋼鉄へと切り替える。それに際しての値段については、既に説明したはずだし、それに生産効率を高め、
デュランはそこでルークスが何を言いたいのか、気づいてしまった。
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