第261話 気になる本のタイトル
「それでルインは何の本を読んでいたんだ? まさかとは思うが、論文や経済書の類ではないのだろう?」
「お兄様、年頃の女性が嗜み本と言えば一つに決まっていますわよ」
デュランはルインが大事そうに抱えている本について聞いてみたのだが、彼女は体の良い言葉だけでそれをかわしてしまう。
どうやら本の
だが、その少ない彼女の言葉だけでデュランにはその本のジャンルについてだけは既に検討がついていた。
「ふむ。恋愛ものなのか……」
「ふふっ。いつの世も、女は物語の登場人物に恋するものなんですの」
いつの時代も女性達を虜にするのは恋愛物語しかない。
それがルインのように若く年頃の娘ならば、尚の事そうに違いなかった。
(どのような物語か気になるところだが、無理に聞き出すほどではない……)
デュランはこれ以上質問することは、彼女から嫌われてしまうと止めることにした。
だがそのとき、偶然にも地面に落ちた衝撃でカバーが外れてしまったのか、彼女が抱き抱えている一番前の一冊だけが、表紙らしき絵柄とタイトル文字が顔を覗かせていることに気がついた。
「く、黒の……」
「えっ? お兄様、今何か仰いました?」
デュランはその一部見えている文字から、あるものを連想してしまう。
だが、動揺から小声となり、彼女の耳にハッキリとは聞こえていなかった。
デュランが連想したものは一つだった。
そもそも『黒の……』と付くものを、彼は一つしか知らなかったのである。
「ま、まさかルイン、その本は『黒の君』とかいう、恋愛小説なんじゃないか?」
「えっ? お兄様は黒の君をご存知でしたのっ!? まさかすべて読んだりしているんですのっ!?」
「いや、まぁ……知っているというか、なんというか……」
「あっ……」
デュランは指先を震わせながら本を指差し、タイトルを口にする。
そこでようやくルインも自分が抱き締めていた本にかけられていたカバーの一部が外れてしまい、デュランの位置から題目が見えていることに気がついてしまう。
さすがにこれ以上は隠し切れないと少し頬を赤らめ、観念したようにカバーを取り外してから彼に本を差し出すと、こんな言葉を口にする。
「そ、そうですわ。い、今巷の女性の間で人気になりつつある『黒の君』ですわよ! わ、私がこのような本を持っていて悪いというのですの、お、お兄様っ!!」
「決して悪いわけではないのだがな……」
ルインはどこか慌てた様子で、そうデュランに捲くし立てていた。
デュランは彼女に開き直られてしまい、どう言葉を言い繕えばよいのやらと内心焦ってしまう。
(まさか、ここでこのタイトルを目撃するとは夢にも思わなかったな。ルインまでこの本を持っているとなると、本当に女性の間で流行しているようだ。それにネリネや店に客として居た若い二人組みの女性達も、この本を話題にしていたな。それだけ魅力ある物語なのだろう……)
デュランは人が読んでいる本の趣味について他人がどうのこうのと口を挟む道理は無いと表面上だけの言葉を取り繕わず、思ったまま口にすることにした。
「ルイン、すまなかった。特にお前が読んでる本について何か思うことがあったわけではないのだ。ただ以前、ウチのレストランに来ていた女性客達が話題にしていたものだから、そんなにも人気のある本なのだと思っただけだ。決してルインに対して思うことがあったり、他意があったりするわけではない。もし勘違いさせてしまったら、すまないことをした」
「あら、そ、そうでしたの? 私ったら、つい……私のほうこそ、いきなり取り乱したりして申し訳ありませんでしたわ。だからお兄様こそ、そのように殿方が女性に対して簡単に頭など下げないでくださいまし。お兄様にそんなことされてしまったら、私、私はどうしたらよいのか、困ってしまいますわよ」
頭を下げ自らの非を詫びるデュランに対して、ようやくルインも冷静になり我に返ったのか、少し慌てた様子で言葉を口にすると、今も下げられている頭を上げるよう彼の目の前であたふたとしていた。
そんな彼女の表情はどこか困った風でもあり、デュランは下げていた頭を上げることにした。
「そ、その……ほら、この本の内容は殿方には少しだけ過激ですわよね? それで私、お兄様から変に勘繰られてしまったのかと勘違いしてしまって、それで、それで……」
言い訳をするように早口でそう言葉を口にしている彼女は顔を横へと背け、その頬は僅かに上気している。
取り乱したことが恥ずかしかったのか、それとも本の内容を知られてしまったことへの羞恥心なのかまではデュランには分からない。
それでも淑女として男性へ粗相をしてしまったことに対する彼女なりの謝罪の言葉だと思い、デュランは怒るどころか、言葉使いやその仕草までも可愛いとさえ思ってしまった。
そして彼女に向かって、こんな言葉を口にする。
「ルイン……ありがとうな」
「なっ!? ななな、なにを感謝しているんですのお兄様っ。わ、私、私は……ぅぅっ(照)。お兄様は……やはりズルイですわね」
デュランの口から出た言葉は、ルインに対する感謝の言葉だった。
自分の口から何故そんな言葉が出たのか、デュラン本人でさえも分からない。それでもルインの赤らいでいた頬がより朱へと染まり、未だ彼から顔を背けつつも口を少し尖らせ微笑んでみせた。
「ふふっ。なんだか、可笑しいですわよね」
「ああ、そうだな。こんな道の往来でなにしているんだろうな、俺達……ははっ」
先程までの変な空気は既に吹き飛び、二人は互いに今の状況が可笑しく思えてしまい、ついつい笑みを浮かべてしまうのだった。
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