第257話 沈黙たる産業革命

「ふむ。では、精錬所で使うコークスや石炭の量が大幅に減ったのだな?」

「ああ。まだ俺の概算だがな、ザッと見積もっても高炉での石炭量が三割ほど削減。精錬のコークスに関しても、三割以上は減ったはずだ」

「そんなにっ!? となると、製造コストが大幅に削減できるな」


 デュランはゼフから、工程の見直しと新たな技術を取り入れることで、燃料費が大幅に下がることを告げられた。

 同じ生産量でそれだけの費用を下げることができるならば、会社に入る利益は増大して労働者達の賃金を引き上げることもできるようになる。


「驚くにゃまだまだ早いぜ、雇い主さんよ! 高炉に入れる前にクズの鉄鉱石とコークスを焼結シンタリングするようになってから、銑鉄の連続投入できるようになったろ? あれで飛躍的に銑鉄の生産量が増えたんだ。もちろんその後の精錬工程も言わずもがなっ!!」


 ゼフは興奮した様子で、そう捲くし立てて説明してきた。

 そしてこうも言葉を続ける。


「それに銑鉄の時点で純度も高くなったおかげか、次の転炉でも純度も上がってるからスラグも大幅に少なくなりやがった。これがどれだけ凄えぇことか分かるかい? 同じ鉄鉱石の量で今までより多くの鋼鉄ができるってことだ! あとあと出来上がる鋼鉄の純度が高いから、工程自体も大幅に減りやがった。つまりだぜ、鋼鉄を鍛錬するのに蒸気機関のプレス機で二週間もかかっていた作業が、なんと僅か15分足らずに短縮されちまったんだ。こりゃ画期的な技術革新だぜ!!」

「わ、わかったわかった。わかったから、少し離れてくれ」


 先程よりも更に興奮した様子のゼフが顔と顔が触れる間近の距離まで、迫り来ていたのである。

 彼の説明よりも、まるで恋人がキスをするような距離感にデュランは戸惑って後ろへと仰け反り、両手を必死に彼の目の前に広げてどうにか諌めようとする。


 確かにその説明だけを見れば彼の口にしたとおり、画期的な技術革新と言える。

 なんせ燃料費の削減だけでなく、鋼鉄製造における大幅な作業効率を確立してしまったのだ。


 当然それは労働者達の負担軽減へと繋がり、会社へ大きな利益を齎すのは間違いなかった。


 だがしかし、そこには大きな問題点が存在していた。

 それは……。


「鋼鉄が安く大量生産できるようになったのは嬉しいのだが、果たしてそれを飲み込めるだけの需要はあるのか?」

「うっ」


 デュランがそんな疑問を口にすると、ゼフは先程の勢いをすべて殺がれてしまったかのように言葉を詰まらせながら素面へと戻っていく。

 その顔は普段よりも青ざめていき、ようやくデュランが言いたいことを理解したといった顔付きになっていた。


 鋼鉄は非常に高価なため、これまではナイフなどの小さな製品でしか使われてこなかった。

 このため製鉄所などでも、その需要は決して高くなかったのである。


 もちろん値段を安く抑えて大量生産できれば、ある一定以上の需要は見込まれるかもしれない。

 だがそれでも余りある供給量が多すぎれば、鋼鉄自体の値崩れを招きかねないのだ。


 物の価値とは、供給量が多くなればなるほど製造コストが飛躍的に落ちるもの。

 事業者側としてみれば一見喜ばしいことなのだが、それと相成って市場価格までも下落してしまう。


 需要を無視してしまっては、事業として成り立たない。


 悪戯に需要を無視して安価な鋼鉄を市場へと流してしまえば、一時的にはその業界を覇権することができるだろうが、それは同時に同業他社を廃業へと追い込み、多大な失業者を生んでしまう懸念も招いてしまう。


 またどの業界においても、業種の組合というものが必ず存在する。

 もしそれらを無視して強硬なまでの販売をしてしまえば、大本である原材料の供給をストップされたり、組合員同士で価格カルテルを結ばれ価格を引き上げられたりする妨害工作も十分考えられる。


(結局、売れない物を大量に生産しても意味が無いということになるな。もちろん製造費の削減ができただけでも十分だが、需要が無いにも関わらず大量生産できるということは、それだけ人の手がいらないことを意味するわけだ。つまりそれは……)


 デュランは労働者でもある彼を前にして、その事実までは口にすることはできなかった。


 作業効率は確かに会社の利益を生む。

 だがそれも大幅な技術革新のおかげで、これまで数十人が二週間かけて作り上げてきた製品がたったの15分程で作られてしまうのだ。


 これがどんなに恐ろしいことか、労働者である彼は理解していたのであろうか?


 つまりそれは人の手が今以上に要らなくなることを意味しており、このまま鋼鉄に関する需要が見込まれなければ、彼らの多くが不要となって失業させられることを意味していたのである。


 もしそのことを事業主であるデュランが知らなければ、これまでと同じ賃金同じ生産量を見込むことで、彼らのことを雇えたかもしれない。

 だがそれも今では作業効率化と費用削減の観点から見れば、労働者である彼らこそが一番不要であると暗に示してしまった皮肉な結果へと繋がってしまった。

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