第256話 新たな試み

 それからデュランとアルフは、精錬所へと足繁く通い詰めた。

 もちろん、その目的は工場内部の作業効率と新たな技術革新を得るべくして。


 デュランがまず初めに取り組んだこと、それは作業のおける無駄の削減ロス・カットであった。

 今のままの経営では、遠からず日には赤字へと転落し、働いてくれている労働者達を解雇せざるを得なくなってしまう。


 そこで目を付けたのが、製錬する際の燃料費だった。

 鉄鉱石を溶かす際に鉄の純度を高めてくれるコークスは欠かすことが出来ないが、炉を温めるのは何も石炭だけに限った話ではない。


 そこからデュランは自分の製塩所で使っている木炭を使うことを思いついたのだったが、それも国から規制されているため利用はできなかった。

 そこで着目したのが、炉上部に取り付けてあった排ガス装置である。


 鉄鉱石とコークス、それに石灰石を入れて炉を温めると、高温のガスが発生する。

 それを炉の内部へと空気を送る、フイゴの空気として再利用する方法だった。


 これまでのフイゴから炉へと入れる空気は常温であったため、入れれば入れるほど炉の温度はどんどん下がってしまう。

 そうすると、より多くの石炭が必要となり、結果としてコストが嵩むことになる。


 それを防ぐのには、最初から炉へと送る空気が温かければ、炉の温度を冷やさなくて済む。

 これが当たり、燃料である石炭の使用量は大幅に減ることになった。


 もちろん空気の再利用とはいえ、そのままというわけにはいかない。

 パイプを繋ぎ、外気との熱交換させる熱風炉ねっぷうろと呼ばれるものを増設した。またガスに含まれるコークスなどの細かい粉塵ふんじんが再度炉に入り、新たなスラグを発生させないようにと、熱交換器に付属して除塵機フィルターも取り付けることにした。


 これにより炉の温度が常に高温に保たれ、それと同時にコークスに含まれる炭素が鉄へと溶け込み融点を大幅に下げることに成功する。

 このことで鉄の純度が以前よりも格段に上がり、混ぜるコークスと炉を熱する石炭の量が三割以上も減ったのである。


 だが皮肉なことにメリットばかりとはいかず、融解鉄に炭素がより多く取り込まれたことにより、以前よりも銑鉄がより脆くなるという皮肉な結果を生んでしまった。

 だがそれは銑鉄が脆いというだけで、その後の精錬を施せば何の問題はなかったのである。


 転炉にて酸素を吹きかけることにより、銑鉄中の炭素やケイ素を燃焼除去できていた。

 しかし出来上がりの質は以前と変わらずで、逆にコスト費用が抑えられたくらいである。


 それでも会社の利益となるには十分だったが、デュランは更に転炉についても工夫を凝らすことにした。


 まずこれまでの耐熱レンガに使われている珪石に注目、リンと同じ酸性であるために塩基性の石灰と衝突するのだと考えた。

 そこで同じく炉の内側壁を酸性ではない塩基性素材にすることにした。


 初めは同じ素材と言うことで石灰を混ぜた粘土を使ったのだが、レンガよりも耐久性がなかった。

 そもそも石灰では脆いため、別の塩基性素材を見出すしかない。


 そこで目を付けたのが、当時からガラスやセメントの材料にも使われていたドロマイト鉱石だった。

 ドロマイトとは石灰石と同じ塩基性である。石中に含まれるカルシウムの一部がマグネシウムへと変わり、石灰よりも酸に強かった。


 まずドロマイトを含む鉱石を粉々になるまで粉砕してから高温の釜で焼くことで、より強度が増すことも発見した。

 これを炉内部壁の耐熱レンガへと塗ることにしたのだったが、これがなかなか上手くいかなかった。


 ドロマイトの粉にして焼いたことにより耐熱性は増したものの、ドロマイト自体の粘度が失われていたのである。


 それを補うためコークスを製造する際に出てくる、副産物でもあるコールタールに注目した。

 コールタールは高熱に強く、粘りがあった。これを接着剤として用いることにより、より強度を増しながらも、酸にも熱にも強い炉外壁が作られた。


 試しに出来たばかりの転炉へと溶かしたばかりの銑鉄を流し込み、そこへ石灰を混ぜてその耐久性を確かめることになった。

 最初こそ、いつ炉が爆発するかと不安であったが、それも問題ないと分かると、これで鋼鉄がより早く且つ短時間で大量生産可能になったとデュラン達は喜んだ。


 こうして塩基性耐火材を用いたことで、【塩基性転炉法えんきせいてんろほう】と呼ばれる新たな技術が確立された。


 これらの技術が確立できたのは長年に渡り、ゼフが色々試行錯誤した結果をすべて書き止めていたおかげでもある。

 そこへ素人であるデュランやアルフの疑問を取り入れ、改めて一からすべての工程と材料を見直し精査、幾度と無く繰り返し実験を行ったことで成し遂げられた成果であった。


 また以前は高炉の工程において、鉄鉱石を粉砕して粉状にしてから石灰やコークスとともに加えてきたが、このやり方ではスラグが大量に発生し、尚且つその影響でパイプが詰まって目づまりを引き起こしていた。


 もしそのまま次から次へと石灰などを入れてしまうと、塊となって銑鉄の質の劣化はもとより、スラグがより多く発生してしまうことになる。

 このため、これまでは一回の作業が終わる度に、それらを除去するのに多くの時間を要していた。


 そこで考え付いたのが、粉砕した鉄鉱石に同じく粉砕したコークスと少量の石灰を最初から混ぜ込むやり方だった。


 ただ混ぜるのでは意味がなく、高温で焼いて固める焼結しょうけつと呼ばれる工程も採用した。それで出来たのが『焼結鉱しょうけつこう』と呼ばれるものである。そうした工夫を施すことにより効率的にも銑鉄を取り出せるだけでなく、より出来上がる鉄の純度が高くもスラグが発生するのを大幅に減らすことに成功した。


 また焼結鉱に使われる鉄鉱石は質の低いものを使うことで、無駄をなくせることにも繋がったのである。

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