第254話 二律背反
その後、デュランとアルフは次なる工程である精錬作業へと案内されることになった。
……と言っても、場所的問題から同じ工場内である。
精錬は金属を鍛えたり、加工しやすいようにと手を加える作業になる。
鉄をただ製錬しただけでは、硬いが脆いという性質のままである。
ここから更に炭素や余計な不純物を取り除くことで、その純度と強度を増すことになるのだ。
「溶けた銃鉄をこうした
作業員が出来たばかりのドロドロと熱され溶け出している銑鉄を、次なる転炉と呼ばれる樽のような炉へ移し替えている、と説明してくれた。
「ふ~ん。これがさっき言ってた精錬って工程なのか? またコークスだか、色々なものを混ぜるのか?」
「いや、不要だ。ここでは空気を混ぜ込むだけで、不純物が上に浮かび上がってくる。それを掬い取れば、鋼鉄の出来上がりってわけよ!」
アルフが感心するように炉に入れられていく銑鉄を眺めつつ、質問するとゼフは自慢げにそう答えた。
けれども彼とは違い、デュランの表情は曇っていた。その理由は、彼が次にする言葉で明らかになる。
「鋼鉄ができるのは良いのだが、にしては些か炉が小さすぎないか? これでは精錬できる量も限られてくる」
「うっ」
デュランはただ見たままの感想を口にしただけだが、それでも彼の勢いを殺ぐには十分だったのかもしれない。
転炉の大きさは先程の高炉の1/3ほどであった。
「もしや……精錬とは無駄が多く出るのか?」
「ああ、なんせ始めに言ったとおり、ウチにある機械設備はどれも年代物で古いものばかりだからな。それにここいらで採掘できる鉄鉱石にゃ、他所よりも不純物が多く含まれてやがる。さっきは鋼鉄と言ったが、精錬したモノの質もやや劣っている」
デュランやアルフは精錬事業に関してズブの素人であったが、ゼフはこの道数十年のプロと言っても良い。この業界に精通しているともなれば、何かしら解決策があるはずだとデュランは思っていた。
「何かしら解決策はあるのだろう?」
「あるにはあるんだがな……」
ゼフは言いにくそうに説明し出した。
製錬の際に浮いてくるスラグに対して粉状にした石灰を混ぜれば、その後に精錬してできる鋼鉄の質も大幅に向上するとのこと。
だがそれには、大きなリスクが伴うとのこと。
石灰は確かに不純物を取り除くのには最適だった。
けれども、許容量を超えるほど大量に石灰を入れてしまえば、それこそ制御できないほどの反応が炉内部で起こってしまい、
かといって、そのままの精錬でできる鋼鉄では質が劣ってしまうことになる。
また無駄であるスラグが多く出るため、作れる量も限られることになるのだとか。
これらの問題についてゼフが長年に渡って頭を悩ませてきた、とデュラン達に説明してくれた。
「なるほど、それはとても難しい問題だな。石灰を使えば質が上がり量も増えるが、やがて炉が壊れる。使わなければ、鋼鉄の質がやや劣るようになってしまう。まさに
「ああ、そうだ。解決策としては別の方法で精錬するか、炉に使われてる素材のレンガを別なものに変えちまうか、だな。それでも成功するか、やってみるまでは誰にも分からねぇ」
デュランも説明を聞きながら、改めて問題点を口にする。
ゼフも、一応の対策として新しい精錬方法を模索するか、炉に使われている材質を変えるべきと考えているようである。
それでも一朝一夕で、どうにかなるものではない。
なんせ元の鉱石自体に問題があったのだから……。
ヨーロッパ地方の鉄鉱石は、そのほとんどが主にリンを多量に含む
リンは不純物であり、製錬途中で取り除かなければ鉄の質を激しく劣化させることになってしまう。また酸素と結びつくことによってリン酸へと変わる。
鉄を溶かすほど高温に耐えられる炉に使われているものは主に耐熱レンガであり、その原材料の多くが酸性である
リンの酸性とレンガに使われている珪石の酸性とでは問題ないのだが、不純物であるリンを除去するためには、塩基である石灰を過剰に入れなければならない。
炉壁に使われているレンガの酸性と石灰の塩基とが激しく反応してしまうため、炉へと多大な負荷がかかってしまい、その耐久性を著しく劣化させてしまうのである。
またいつ炉が爆発するか、溶けた熱がそれらの化学反応によって作業者達に襲い掛かるか、という点も決して見逃せない。
鉄が液状になるまで溶けるということは、1000度を超える超高温。
そんなものが人を飲み込むほど飛び散れば、容易にその命を奪ってしまうことだろう。
これらの問題を解決するには、炉の材質を変えるか、もしくはリンをあまり含まない鉄鉱石を見つけるしか道はなかった。
昔から鉱山で働く鉱夫と精錬所で働く鉄工員は、とても危険な仕事であると言われ続けてきた。
いつ落盤するか分からない地上と隔離された坑道内部で、鉱物資源が出てくるかも分からないで働く鉱夫達。炉へ転落するか、炉自体が爆発してしまえば、絶対に助からない鉄工員達。
それこそ、いつ命を落としてしまうか分からず、またそれに見合った分だけの賃金を得られるわけでもない。だがそれでも彼らは、家族のためにも働き続けなければならないのは言うまでもなかった。
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