第252話 鉄の不純物除去
「なぁ、ゼフさん。さっきあの炉に入れた黒くて細かく粉砕されたのが鉄鉱石だよな? それと一緒に交互に粉状の白のと黒い変なものも入れてたけど、アレは何なんだ? アレも鉱石の類なのかよ?」
「うん? ああ、ありゃ何って、そりゃあ~石灰石とコークスに決まってんだろうが」
「……炉内部に石灰石とコークスを入れるのか?」
「なんだいなんだい、ツンツン頭の兄ちゃんだけでなくて、新しい雇い主さんまでそんなことも知らねぇのかよっ!? さっきも同じこと説明したじゃねぇか。アンタまで俺の話をちゃんと聞いてなかったのかい?」
「いや、すまない。聞いてはいたのだが、話が難しく、特殊な単語も多かったもので……。さ、再度理解するための聞き返しだと思ってくれ」
アルフが炉へと投入された物質について質問すると、ゼフは然も当たり前のことだと言わんばかりにそう答えた。
だがアルフにとってそれは要領を得ないかなり難しい話であり、デュランでさえも予備知識無しにその説明を受けていた手前、難しい専門用語と相成って混乱を極めていたのである。
「かーっ。アンタら少し製錬について、勉強不足すぎるんじゃねぇのか? そんなんで本当に大丈夫なのかよ……」
ゼフは呆れとも絶望とも思えるほどの声で額を右手で覆いながら、まるでこの世の終わりのようにそう嘆いた。
確かに精錬所を買収した本人達が、その事業について詳しく知らないことは彼でなくともナンセンスに思えることだろう。
だがそれも、仕方の無いことと言えば仕方の無いことだった。
なんせデュランはこの精錬所を計画的に買収したわけでなく、成り行き上でこの工場を手に入れてしまったのである。
もしも数ヵ月の歳月があれば、それなりに製錬事業についても勉強できたことだろうが、事は急を要すると買収から未だ一ヵ月にも満たなかったのだ。
それでも少しでも事業に対する知識と、そこで働く労働者達の苦労などを知るため、アルフとともに工場内部を見学しに来たのであった。
「ほんと、イチから俺が教えねぇといけねぇのかよ……。いいかい、一回しか説明しねぇからよく聞けよ。鉄の製錬工程にゃ、この石灰石とコークスが何よりも大事なんだよ。この二つが無ければ、純度の高い鉄はできねぇっ!」
「ふーん。コークスってのは、確か石炭と何かを固めて燃えやすくしたものだよな? 何で鉄鉱石と入れるんだ? それに石灰石も……」
「なんでってそりゃ~……はぁーっ。ほんと、何も知らねぇのかい。いいか、鉄鉱石には石とか砂とか色んな余計なもんが中に入ってるんだろ? それをただの熱した炉で溶かしただけじゃ、出てきたものはそのまま不純物入りの鉄なんだ。それを取り除くのが……」
「なるほど、言わば石灰石は不純物を取り除くため、そしてコークスは純度を高めるため……そういうことなんだな!」
アルフが何故その二つの余計な物を入れるのかとゼフへ質問すると、彼は頭を抱えながら説明しだした。その途中、デュランは先の言葉の意味を理解した。
「おう。そうだともっ! 入れる意味があるから、その二つを入れるのさ。意味も無ねぇのに入れるわきゃねぇてっ!! それだけはよく覚えておきなよお二人さん。それに上から降りてくる途中にあったフイゴ装置。あれは
「フイゴ? フイゴって、あの楽器のアコーディオンなんかに使われてるアレことではないか?」
「……アンタ、変なところで博識なんだな。そうだ、アレと原理はまったく一緒だよ。外から空気を取り込みやすく、膨らんだり縮んだりする。単純にそれの工業版でデカくしたものだと思ってくれていいぜ。ま、炉の中でも一番高熱になる場所だから、それに耐えられるようにって、炉に入れる部分には耐久性のある銅合金が使われているがな」
「やはり炉のような高温に耐えるには、合金が用いられているのだな」
デュランは異なる金属を溶かし作られる合金について耳にすると、どこか納得したと頷いてみせる。
(確かに今考えてみれば当たり前のことだが、同じ金属同士だと炉内部で融けてしまう。そのためには、より強い合金を使わなければならない)
「それに今はこうして石炭を燃料に蒸気機関で自動で動いちゃいるが、数百年前までは水車の力を使っていたらしいぜ。それよりも昔は人力だったから、今は楽ができるってなもんだ。どうだ、これならもうツンツン頭の兄ちゃんだって十分に製錬って仕組みを理解しただろ?」
「う、うーん」
「かぁーっ。こんだけ噛み砕いて説明してるってのに、まだ分からねぇってのか兄ちゃん! ほんと、俺の方が先に頭痛くなっちまうよ。とほほ……」
それでもアルフは未だ頭を捻るだけで、実のところ製錬工程の半分も理解していなかったのである。
そんな彼の姿を見て取ったゼフが頭を抱えてしまったのは、もはや言うまでもなかった。
また一度きりしか説明しないと言ってしまった手前なのか、それ以降、再び彼に説明することはなかった。たぶんアルフの頭では、どんなに説明したとしても無理だと悟ったのかもしれない。
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