第251話 膨大な費用
「それにな、炉を温めるのには木炭や石炭は使えるが、鉄鉱石や石灰石と一緒に入れるのは駄目だ。どちらもすぐに溶解しちまうし、何より流動性が高くなりすぎちまって炉内部の空気が上手く循環しなくなっちまうだ。そうなると上手く炉の温度が保てずに、出来た鉄も質の悪いものになっちまう。だから炉に入れるのは石炭そのものじゃなくて、石炭を加工して作られてるコークスを入れるんだ。コークスは石炭に含まれる硫黄なんかを除去したものだから……なんだ、どうしたんだい? 何か今の説明したところで思うところでもあんのかい?」
「いや、別にいいのだ。なんでもない、話を続けてくれ」
「そうかい? じゃあ遠慮せずに続けるぜ」
デュランはゼフの手前「何でもない」と答えたが、それでも内心では何でもなくはなかったのである。
(さっきの話は大げさかもしれないが、まさか森丸ごとの木炭が必要になるとはな。それと同時に相当量の石炭が必要になるということだな。もちろんそれだけの量が必要なのは理解できるのだが、それでも費用の面から見ればかなりのものだぞ。それに鉄鉱石とともに入れるコークスも、相当な費用に上ることだろうな)
デュランは次々に炉下へと放り込まれる石炭を前にして、金が火の海へ消えているような錯覚を覚えてしまう。もちろん製錬工程には火が大切であることは知ってはいたが、ここまで石炭を使うのは知らなかったのである。
もしこの膨大な量の石炭を金に換算したらと思うと、それだけで眩暈が起きそうだった。
それは熱に浮かされた理由の他に、いかに製錬というものが金がかかる産業であるか、身をもって知ることになったからである。
(炉を加熱するための燃料として木炭が使えれば大幅に費用削減できるのだろうが、ゼフさんの話ではそれも無理そうだな。それに国から規制されているとなると、またややこしい事案に発展してしまうかもしれない。それこそ以前のようにな、ルイスの付け入る隙となってしまうことだけは何としても避けたいところだ)
デュランは石炭を使わずに安価な木炭を新たな燃料の候補に考えてみるが、それでも以前処刑された経緯を考えれば、それはあまりにも
木炭を石炭への代替燃料としての案は已む無しと納得することにした。
(ルイスの奴が彼らを低賃金で使いたくなる理由が、ようやく理解することができた。精錬事業とは、石炭を始めとした燃料費がとてつもなく高いのだな。それに機械設備はもとより、それらを維持するのにも、また蒸気機関にも燃料としての石炭が使われいるし、何より鉱物石から金属を溶かし出す製錬工程にも高価なコークスが使われてるだなんて……。これはとんでもない業界に手を出してしまったかもしれないな)
デュランにとってみれば、それは軽いカルチャーショックだった。
これまでも鉱山やで石炭を用いた蒸気ポンプなど使ってきた。
だがしかし、それでもここまで大量の石炭を消費することはなかったのである。
それこそ、この精錬所では1日分でそれら施設で消費する10日分を……いや、下手をすれば半月分ほどの石炭を消費してしまうのだった。
それほどまでに精錬所とは、大量の石炭と莫大なまでの費用がかかることを意味していたのである。
また仮に燃料を石炭から木炭に切り替えることが出来たとしても、その消費量は製塩所に用いている木炭の消費比ではないため、街にあるこの精錬所まで木炭を運ぶ輸送費や人件費を鑑みても、あまり得策とは言えなかったのだ。
事業経営とは一辺倒で物事を判断するものではなく、事業内容そのすべてを一つの物の流れとしてトータルで見なければならない。
そうでなければ、客観的な物事の判断が下せず、思わぬ損失や事故へと繋がることになってしまう。
先程デュランはあまりにも膨大な石炭を消費するため、その代替燃料としての木炭に切り替える案を考えた。
だがそれも、製錬作業を知らぬ素人考えであったと考えを改めることになってしまった。
もちろん精錬所とはいえ、過去の事業主達も膨大にも上る燃料費について何も考えていなかったわけではないはずだ。
それでも国からの規制や製品の質の劣化、そして更に複雑な工程などが増えることを鑑みれば、現状を維持するのが精一杯であるとデュランも今では思えたのである。
これまでルイスがしてきたような人員削減や賃金の不払い、また就業時間を過ぎても無賃金で働かせるなど、その考えが一瞬だけ頭を過ぎった。
……というのも、他に削減できるような支払い項目がなかったのである。
工場はもちろん今現在使われている機械類も年代物で古めかしく、あとは製錬できる金属類の質を下げるほか
もしそれを何かしら画期的アイディアで製品の質を落とさずに改善することができたならば、大幅に利益確保が見込め、低賃金で働いている労働者達にも更に賃金を多く支払えることができるかもしれない。
だがしかし、それこそ一朝一夕で、しかも先程まで製錬という特殊技術を知らなかったデュランにとっては至難の業であると言える事案であった。
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