第250話 鉄の製錬

「へぇ~っ。こうやって鉄を含んだ鉄鉱石から、ちゃんとした金属の鉄が出来やがるのかよぉ~っ。鉄がこんなにもドロドロに溶けてる姿なんて、俺は初めて見るぜっ!!」

「ツンツン頭の兄ちゃん、あんまり溶鉱炉ようこうろには近づかねぇほうがいいぜ。なんせ中は鉄でさえドロドロに溶かしちまう高温なんだ。その中に落ちちまえば、誰も助からねぇ。終いには骨まで溶けしちまって中の鉄と混じり合い、下にある出口から一緒に出てくるって寸法さ」


 デュランとアルフは、自分達が所有する新たな精錬所にて、鉄の製錬工程を見学している最中であった。

 その隣には現場監督を任されている、あのゼフ・スタンフォードが二人のことを案内してくれている。


「おわっ!? ま、マジかよそりゃっ!? ほ、骨すらも……いや、溶けた鉄に混じって出てくるだなんて冗談よな? な?」

「残念だが、冗談じゃねぇよ。混じりっけなしに本当の話さ。嘘だと思うなら、一つ男気を見せて飛び込んでみなよ、ほらほら~」

「うわっ。あ、危なねぇーな。落ちちまうだろっ! 冗談でも背中なんて押すんじゃねぇよっっ!!」

「は~っはっはっはっ……っとと。そっちの配管にも気をつけておいたほうがいいぜ。炉から出る排ガスを外へ出しているが、炉に負けず高温なんだ。もし間違って素手で触っちまったら、手が皮膚ごとくっ付いて離れなくなっちまう」


 工場の屋根にも手が届くほどの高台に登った二人は鉄鉱石から鉄を製錬するべくして、真っ赤になってドロドロに溶け、既に金属が液状になっている炉の中を覗き込んでいた。


 デュランとは違い、アルフがあまりにも前のめりとなって覗いていたものだから、ゼフが冗談交じりに彼の背中を軽く押したのである。どこも悪びれた様子のないゼフは高笑いをし、アルフは腰が引けた様子で胸を押さえていた。


「にしても、これほどまでに鮮やかな色合いになるのだな」


 少し遠くの位置で炉の中を見つめるデュランは、その鉄が煮やされ溶ける熱と混ざり合いによって生まれ出る渦の様式美に、その視線を釘付けにしていた。


「雇い主さんよぉ~っ、アンタもアンタでヤバイ人なのか? そのまま炉からの熱に浮かされて、炉中へ落ちるなんて真似は頼むからしねぇでくれよな。それにあんまり火を見つめちゃいけねぇ。熱で目が焼かれちまうからな」

「言われずとも、分かっているさ」


 さすがのゼフでも、デュランがそこまで愚かでないことを願わずに入られなかった。

 もちろんデュラン本人もそんなことをするつもりはなかったのだが、それでも赤く渦を巻き、鉄が流れる光景は日常ではとても味わえないほど美しかった。


 しかしながら、長年に渡り火に魅入られた者は等しくも、その視力を失うことなる。

 それは炎の色だけで炉の状態全てを管理しているためであり、目を保護するゴーグル類が存在していなかった時代には、その熱により目が焼かれてしまい、利き目または両目を失明することも珍しくはなかった。


「そろそろ熱くなってきたな。降りようぜ」

「そうだな。これ以上、ここに居ても作業の邪魔になるだろうしな」


 そう言ってデュランとアルフは溶鉱炉を上から眺めることのできる、かけ橋から下へ降りることにした。

 溶けた鉄を見ることは、芸術のそれに似ていたが、それでも5分も経たずに顔中から汗が噴出してしまうほど炉の付近は熱かったのである。


「ふぃ~~っ。よくもまぁ、こんな熱い中で作業なんてできるよなぁ~。ああっと、悪気があって言ったわけじゃねぇぞ。勘違いするなよな」

「なんだ、そんなに熱かったのかよ? だが、鉱山の中だって熱いんだろ? アレとは違うって言うのかい?」

「鉱山の場合はなんていうのか、こう~身体の中から蒸し上がるような暑さっていうか、そんな感じだな。だが、ここは身体の表面が文字通り焼ける……そんな熱さで程度が全然違う」


 アルフは上着を緩め、パタパタと仰ぎ少しでも涼しさを得ようとしている。

 そんな彼の姿を見て取ったゼフは鉱山と精錬所とでは、同じような暑さではないのかと質問をする。


 実際に鉱山は季節に関係なく、中は蒸し暑い。

 それは奥へ掘り進めれば進めるほど酸素も薄くなり蒸せるようなじんわりとした、それこそまるでサウナに閉じ込められたようなもの。


 対する精錬所の炉は、まさに炎を間近にして身を焼かれると言った『暑さ』と『熱さ』の違いがあったのである。


「下からの火は、やはり木炭ではなく石炭を使っているのだな」

「ああ、燃料のことかい? もちろんそうさ、なんせ石炭が一番安定して火力が出るからな」


 デュランは円筒の形をしたまるで弾丸の形を模したような溶鉱炉下へと目を向けてみる。

 そこには地獄の業火のような火が出ており、作業員達が絶えずスコップ片手に石炭を放り投げている姿が見受けられた。


「ちなみになのだが、燃料はあの石炭ではなくて木炭では駄目なのか? そちらのほうが燃料費が安くつくと思うのだがな」

「ああん? 木炭ん~~っ? ああっ、駄目駄目。木炭程度じゃ全然量が足りねぇんだよ。ただそこらの質の悪い鉄を作りたいってんなら、中に入れるのは木炭でもいいけどよ。その次の精錬をするには、とてもじゃねぇが木炭だけで賄うなんてことはできっこねぇよ。

 もしも石炭の代わりとして燃料を賄うにゃ~、それこそ森全部を丸ごと木炭にでもしなきゃならねぇ。だがそれも、国から家の建築資材や造船業に使う原材料として人質に取られちまってるから、精錬事業に使うのには規制されているし無理だろうよ」

「そうなのか!? 国で禁止されているとなると、石炭の代替燃料としての木炭では駄目だな」


 デュランはゼフのその説明を受けて、初めて精錬所では木炭が大量に消費されるため、燃料として使うことは愚か金属と混ぜて使うことすら国から規制されている事実を知ることになった。

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