第248話 守るべき大切な家族
「おじさんが家族の話をされて、そんなに怒り出すってことはその自覚があるっていう証だよね? だからボクに言われて怒鳴り散らしたんでしょ? それに本当に不快だと感じてたらさ、席を離れればそれで済むはずだもん。ボクの言ったことがおじさんも正しいと思ったから……いや、本当は現実と向き合うのが怖いから、この場から逃げるに逃げられなかったんでしょ? もうそれこそどこにも逃げ場がないから、それで結局はお酒を飲むことで現実から目を背けて逃げる。ただの現実逃避だもん!!」
「うぐっ……」
リサは冷静なまでに彼の言動を分析し、そしてこの場から立ち去らないことまでも既に理解していたのである。
本当にその通りなのか、ゼフは一切反論できずに押し黙るだけだった。
「……ボクもだよ」
「えっ?」
唐突にリサは悲しげな表情を浮かべ、そう呟いた。
先程までのゼフを責める口調とは違い、どこか悲観的とも思える感情が乗せられた、そのような声だった。
「リサ……」
「うん、大丈夫だよお兄さん。大丈夫……大丈夫だから……」
デュランは思わず彼女の名を呼び、その右肩に手をかけてしまう。
リサはそっと肩に乗せられた彼の手に自分の左手を重ね合わせ、安心させるように優しい口調で語りかけた。
「ボクも家族を失って、ずっと一人で生きてきた。それこそ毎日を生きるのに必死だった。食べる物もなく、寒さを凌げる家もなかった。それに周りには頼れる人もいなかったし、夢も希望も何もなかった……」
「…………」
リサはデュランと出会う前の自分を思い出しながら、自分の過去を語りだす。
それはゼフやデュランに聞かせるというよりも、彼女自身が過去を振り返っているようでもあった。
「それでも……ボクはおじさんのようにお酒を飲んで現実からは逃げなかった! だってそんなものは、一時的にこの辛い現実から目を逸らすだけだもん!! 結局、酔いが醒めれば余計に辛い現実を自覚しちゃうもん。それにね……」
「(ゴクリッ)それに……なんだっていうんだい、お嬢ちゃん? その先には一体何があるっていうんだ?」
ゼフは思わず息を飲み込むと、何か期待を込めたように前のめりになりながらも次の言葉を待ち望むように、彼女へ続きを促した。
「それに……今のボクには守るべき大切な家族がいるんだもん。ね、お兄さん♪」
「リサ……ああ」
リサはそう口にすると、真後ろに居たデュランに甘える形で彼の胸へと体を預け寄り添った。
その表情は先程までの悲しみを抱えたものではなく、幸せに満ち溢れた笑顔とともに幸福の表情であった。
リサはデュランと出会い大切な家族を得たことで、幸せになったのである。
それはデュランも同じ気持ちであり、もし彼女に出会っていなかったら、どうなっていたか分からない。
「守るべき……大切な家族……か」
ゼフはそんな二人の幸せそうな顔を目の当たりにして、そうしみじみと彼女が口にした言葉を呟いた。
それは彼女の言葉を噛み締めているようでもあり、心のどこかで納得した、そんな表情を浮かべている。
「はぁーっ。そう……だよな。ほんと……そうだ。俺にも家族が居るんだ。何よりも守るべき大切な家族が俺にも……ほんと、お嬢ちゃんには負けちまったよ」
「えっ? それじゃあ……」
「ああ、ああ、俺の大切な家族を守るために働くさ。兄ちゃんの精錬所で、な」
「ほ、本当にウチで働いてくれるのか?」
ゼフは大きな溜め息を一つ吐き出すと、まるで憑き物が落ちたようにデュランの精錬所で働いてくれると口にした。
デュランは驚き、再びその意思を再確認する。
「なんだよ、ま~だ疑ってやがるのか? ま、それも無理もねぇことだよな」
「いや……そういうわけじゃないのだが……」
「昨日はなんだかんだと色々と文句を言っちまったけどよ、俺のことを雇ってくれるかい?」
「ああ、もちろんだとも!」
「俺はゼフ……ゼフ・スタンフォードって言うんだ。よろしく頼むぜ、新しい
「ゼフ……か。俺はデュランだ。これからよろしくな!」
どこか自分のしてきたことが後ろめたいっと鼻先を掻きながら、ゼフはデュランへと右手を差し出してきた。
そしてデュランのことを『兄ちゃん』ではなく、ちゃんと『雇い主』と呼ぶことで、ついには彼の存在を認めてくれたのだ。
互いに契約とか労働云々についての取り決めよりも先に、和解の握手をしたかったのである。
デュランは彼が働いてくれることを喜び、大きく頷くと彼の右手を取り握手を交わした。
その傍らには妻であり、ゼフのことを説得してくれた功労者であるリサが寄り添って「良かったねお兄さん」と、円満に解決できたことに笑みを浮かべている。
もし彼女が居なければ、頑なな彼のことを説得できなかったかもしれない。
デュランもこれまで辛い経験をしてきたが、リサの境遇とはまた違ったものだったからである。
リサは長年に渡って庶民の生活をしており、労働者であるゼフの生活や境遇とも近く、そして家族という名の大切なものを彼自身に自覚させることで、何よりその心を解きほぐすことができたのだった。
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