第247話 咆哮
翌日の早朝。
デュランは口にしたとおり、再び酒場を訪れていた。
さすがに昼夜問わず酒場が開いているわけでもないだろうと彼は勝手に思っていたのだが、まだ早朝の早い時間帯にも関わらず、何故だか店は開いていたのである。
デュランにしてみれば、客が少ない時間帯ならば、むしろ好都合であると思った。さすがに騒がしい中、昨日のように堅苦しい話をするのには不向きである。
だがそれも中に入ってみてから、その意味を理解する。
「朝早くから来店したというよりは、泥酔したまま昨日の夜から居座っているという感じなのか。はぁーっ」
デュランは少し呆れた風に溜め息交じりにそんな感想を漏らした。
というのも、昨夜泥酔した客や酒場二階にある娼婦達と一夜を過ごすための簡易宿泊所があるため、酒場は朝早くどころか店を閉めずに、ずっと開きぱなしになっていたのである。
確かこの店の店主は一人しか居なかったはず……と、デュランは不思議に思い、ふと視線をカウンターへ向けて見ると、本来ならそこに居るべきはずの主人の姿はなかった。
どうやら深夜を過ぎれば後は泥酔客しか残らないため、接客すらする必要がないと店の奥に引っ込んでしまうのかもしれない。そうでなければ、たった一人でこのように大きな店は回していけないことだろう。
「さてさて、お目当ての人間は……と」
デュランはここへ来た目的を思い出し、その人物を探すと彼は昨日と同じ場所同じ席に座っていた。
だがしかし、それでも昨日と一つだけ違うことがあった。
「なんだ、ほんとに来やがったのか?」
「まだここに居たのか。どうやらあれから酒は飲んでいないようだな」
「ふん!」
昨日説得をするために話をした人物、精錬所で働く労働者達のリーダー的存在のゼフは泥酔せずに起きていたのである。
その姿がまるでデュラン達が来るのを期待して待っていたかのようでもあり、また昨日酔っ払い口調だったものも、今では素面のようにもデュランの目には映っていた。
それは彼の目の前に置かれてあったはずの酒瓶の量が、昨日訪れた時から減っていないことでも判断することができる。
デュランがそれを口にするとそれが気に障ってしまったのか、罰が悪そうにも不満げな表情を浮かべた。
「酒なんか飲んでもな、ちーーっとも、美味しくねぇんだよ。何故だか、分かるかいよおい!」
「おっと」
ガシャンッ!!
ゼフは喧嘩を吹っかけるようにデュランに対して、「昨日、お前が来たからだ!」と言わんばかり文句を口にしながら、まだ酒が半分残されたコップを彼に向かって投げてくる。
だがデュランは咄嗟の判断でそれを避け、事無きを得る。
もしそのまま避けず当たっていれば、ズボンの裾が濡れてしまい、ガラスで足を切っていたかもしれない。
「仕事もしないで飲んだ暮れてるからでしょっ!!」
そんなデュランの代わりに抗議する形で、一緒に付いてきたリサが乱暴にもコップを投げてきたゼフへ正論をぶつける。
それは娘が飲んだ暮れている父親に対して、叱り付けているようでもあった。
「ああん? なんだなんだ、ここは女子供が来るような所じゃねぇんだぞっ。ちっ……ったく」
「ま、確かにな」
「おう。その兄ちゃんも案外、世の中の摂理ってもん分かってるじゃねぇか」
「お兄さんも、そんな頷きながら納得なんてしてないで言うことはちゃんと言わないとっ!!」
「ちげーねー、ちげーねー。がっはっはっはっ」
ゼフは未だ酔いが抜けていないとばかりに頭を前後左右にフラフラさせながらも、デュランの隣に居たリサの姿を見てそう口にした。
デュランもそれについては異論がなかったのか、はたまた泥酔客しかいない酒場へ妻であるリサを連れて来たのは間違いだったと思ったのか、彼に賛同するよう頷いてみせるとリサは怒り出し、ゼフはそのやり取りを見て愉快そうにも笑い出す。
「おじさん……」
「ん? なんだぁ~お嬢ちゃん、俺になんか用でもあるっていうのか?」
リサは俯いたまま隣に居るデュランからその表情を窺い知ることはできなかったが、自分より二回り以上は年上のゼフに向かって呼びかける。
それに反応する形で、彼はリサの方を向き、次に彼女が何を口にするかと聞いてくる。
「おじさんにも家族はいるんでしょ?」
「…………家族の話はするな」
リサのその一言で、先程までふざけ口調だったゼフは素面へと引き戻されてしまう。
それはどこか悲しげとも言える彼に似つかわしくない、素の声だったのかもしれない。その声量もまたデュランの耳に辛うじて聞こえるか聞こえないか程度の、まったく覇気がないものだった。
それでもリサは語りかけるように、こう言葉を続ける。
「家には奥さんとか子供がいるんだよね? それなのに働きもしないで朝からお酒ばかり飲んじゃってさ、申し訳ないとは思わないの? 自分で自分のことが情けなく思わないの?」
「だから……家族の話はするんじゃねぇって、言ってんだろうがっっ!!!!」
「っ!? り、リサっ!!」
「お兄さんは黙ってて!!」
「うっ」
静かにも語りかけ諭している口調のリサとは対照的に、突如としてゼフがまるで野生の獣のような
デュランは思わず耳を両手で塞いでしまい、妻の危険を察知して止めに入ろうとしたのだが、リサはそれを拒んでしまう。
勢い殺がれてしまったデュランは一瞬たじろぎ、この場を彼女に任せることにした。
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