第246話 労働者として、また人としての矜持

「アンタも今までの事業主と同じなんだろ? どうせ俺達のことを使うだけ使い切っちまったら、ある日突然全員に解雇通知するつもりなはずだ! 残念だが、もうその手には乗らねぇってんだっ!!」

「なっ!? なぁにぉ~っ! デュランがそんなひでぇことをするってんのか!! ああん!」


 その口ぶりに反応したのはデュラン本人ではなく、その隣に居たアルフだった。

 彼は決め付けたような言葉と横柄な態度に痺れを切らし、腕まくりをして食って掛かろうとしていた。


「やめとけ、アルフ」

「な、なんだよデュラン止めんのか!? こんな好き勝手なこと言われて黙ってんのかよっっ!!」


 デュランは静かにも彼を嗜める言葉とともに、アルフの進路を塞ぐ形で片腕だけでそれを制し、こんな言葉を口にする。


「暴力では何も解決するわけがない。ましてや、こちらから彼らに対して働いてもらう立場なんだから、それこそ無礼に当たるというものだ」

「ぐっ……クソッッ!」

「…………」


 事業主でもあり、親友のデュランからそう言われてしまえば、アルフは引き下がる他なかった。

 そしてリーダーの男はその光景を目の当たりにしながらも、二人のことをジッと見つめるだけで、先程のような彼のことを嘲笑う真似はしなかった。


「どうやら今日は日が悪いようだ。明日、改めてここへ窺がうことにしよう。帰るぞ、アルフ」

「でゅ、デュランっ! ちっ……てめえら、せっかくのチャンスだってのに自分で不意にしちまったな!!」


 デュランはこれ以上話し合いが進まないと思い、今日の所は引き下がることにした。

 アルフはそれでも納得がいかなかったのか、帰ろうとするデュランの背中を追いつつも、最後彼らに向かってそう捨てゼリフを残してから酒場を出て行った。


「な、なぁゼフさん。本当に連中の申し出をあんな簡単に断ってもよかったのかよ? 最初から断るにしても話くらいなら、聞いてやっても良かったんじゃないのかい?」


 デュランとアルフが酒場を出ていてすぐ、一人の若い男が労働者のリーダーであるゼフへと声をかける。

 その表情と声には、若干の焦りのようなものが見受けられる。そしてゼフが言葉を返すその前に、更にこうも言葉を続ける。


「それにさっきのアイツの元なら、まともに働けるような感じもしたし。それこそ、今まで俺達を踏みにじってきた連中とは違うのかもしれ……」

「うるせー。本当に俺達が必要ってんなら、またやって来るだろうぜ。話はそれからでも遅くはねぇーよ。何もこっちから下手に出る必要はねぇ。じゃねぇと連中に有利な条件を突きつけられるかもしれねぇんだぞっ!! お前、それでもいいってのか?」

「あ、ああ、それもそうか。そういや連中、明日も来るとかなんとか言ってたしな。わ、分かった。アンタにすべて任せるよ……」


 自分より一回りも下の若い男に言われずともゼフ・スタンフォードという男は、この場に居る誰よりも冷静なままだった。

 先程デュランのことを嘲笑って見せたのも、半分は本音、もう半分は彼らのことを試してみたのである。


 もしもこれまでの事業主と同じく暴力で労働者である自分達のことを従わせる人物ならば、彼の下で仕事なんてするつもりはなかった。

 実際、彼の隣に居た自分達と同じ見た目の庶民の男は馬鹿にされたと思って、すぐにでも自分へと食って掛かろうとした。


 だがしかし、先程の新しい事業主と名乗った貴族らしき男はそれをいさめただけでなく、自分達の立場を尊重してくれていたのだ。


 確かに事業主と労働者の関係性は仕事の対価として賃金を受け取るのも含め、主従のそれと同じことなのかもしれない。けれども自分達は何も奴隷になった覚えも、また従者として雇い主に仕えているわけでもないのだ。


 資本主義における労働契約として働き、その日一日分の賃金を受け取ることで家族を養い、日々の生活をしていく。貴族や事業家と呼ばれる上流階級の人間からすれば、そこには夢も希望さえも持ち合わせていないかもしれない。だがそれでも、心のどこかで自分達も彼らと同じ人間であるとの自負が確かにあったのである。


 もちろん仕事をするのにも少なからずプライドを持っているし、それに精錬所の工場にしても多少の危険は承知した上で、その分ちゃんとした労働の対価として賃金を受け取れれば何も文句はない。

 だがそれでも、また自分達が使い捨てられるのではないかと懸念し、すぐには答えを出せなかったのだ。

 

 もちろんゼフもデュランのことを値踏みする意味合いもあっただろうが、そこには過去の事業主にされてきた恐れや不安、何よりも自分達が本当に必要とされているかという人としての生き甲斐があったのである。


 ゼフは本当に自分達のことが必要なのか、そして自分達の家族も含めて大切にしてくれるかと投げかけ、一度はデュランの提案を断ってみせた。

 もし明日も同じように彼らがここへ来れば話くらいは聞いてやろうと、既に心が傾き始めていたのである。


 そこには彼の意思だけでなく、周りに居る仲間達までの、それこそ家族さえも含めた生活がかかっているのだから……。

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