第245話 矛盾こそが現実社会における発展の要素

「へぇ~っ。ここがルイスの奴から買収したっていう、デュランの精錬所の一つなのか。俺も長年この街に住んではいたけどよぉ、こっちの工業地域にはとんと足が向いたことがなかったな。それにだぜ、こんなにも大きな工場を目の当たりにしたのは初めのことだ!」

「なんだそうだったのか? それは意外だな。てっきりお前のことだから鉱山でも働いていたから、ここでも働いたことがあるのかと思っていたんだが……」


 デュランとアルフは街外れに位置する工業地域の一角へとやって来ていた。

 そこはかつてはルイスが所有する精錬所の一つで、これからはデュラン主導の下、維持・運営していくことになる。


 元々この精錬所もルイスが他の所有から買収して手に入れたもののため、建物自体は年代ものだった。

 また設備にしても、古めかしい機器ばかりで生産性はあまり良くないとのこと。


 二人は思い思いに目の当たりにした大きな機械などを眺めつつ、そんな感想を口にしながら精錬所を見て回っている。


 買収したばかりということもあり、幸いにも工場の中には人っ子一人いなかった。

 ……というのも、ルイスが手放すと決め手からは生産しても無駄になると労働者達、そのすべてを即日解雇してしまったからである。


 彼らはそのことをその日の朝伝えられたため、昼を待たずして失業者となってしまった。

 その数はこの精錬所だけでも数百人にものぼり、他の会社なども含めれば数千人に手が届いてしまうかもしれない。


「まずは解雇された人々を取り戻すことが先決だな。なんせ精錬所の仕事は職人業だ。素人がおいそれと、できるような仕事ではないだろうしな」

「だな。それに鉱物を溶かしたりする仕事にはかなり危険が付き纏っちまう。それこそズブの素人なんかに仕事を任せちまった日にゃ~、いくらでも死人が出てもおかしくはねぇ危険な作業だ」


 当時、精錬所は鉱山に並んで危険な仕事であると言われていた。

 銅や鉄をはじめとする鉱物資源を取り出すには、『製錬』という作業工程を行わなければならない。


 何故なら鉄鉱石また銅を含む鉱石の類は周りが硬い石で囲われ、尚且つ砂なども混じりこんでいるため、それらを取り除くには高温に熱した炉へと投入して溶かした後、不純物を取り除かなければならない。

 それには手作業は元より、特殊な薬品を用いなければならず、作業者にもある程度の知識を有する。


 このため、本来は精錬所や製錬所などを買収するには会社に付属して労働者も合わせて引き継がなければならないのだが、それもルイスが余計なことをしてしまったので、デュランは改めて彼らのことを雇い入れなければならないのだ。


 専門的知識と経験が何よりも大切とはいえ、彼らは所詮はただの賃金労働者。それこそ使い捨てにされるなんてことは、この時代この国に限らず、いつの世でも同じであると言えることだろう。


 だからといっても、彼らに支払われていた賃金が高いわけでは決してなかった。

 むしろ危険な作業にも関わらず、ほとんどの労働者はその日一日を食い繋いでいくほどの賃金しか与えられていなかったのである。


 それに労働環境も酷いものだった。

 低賃金をはじめとして、その日一日の労働時間を過ぎても働かされ、その分の残業代なんてものは出されていなかったのである。


 それでも彼らは日々の生活を維持すべく、そして家族を養っていかなければならないという使命感からルイスの精錬所で働く以外、生きる道はなかったのだ。


 何かしら能力があったり、起業できるだけの豊富な資金でもあれば別だろうが、彼らには知識も父親から引き継げるだけの遺産なんてものは無かった。また彼らの子供も同じ労働者になるしか生きる道がなく、せいぜい鉱山か製鉄所で働くか、その程度の違いでしかない。


 結局のところ事業主から良いように使われるだけ使われたその後、無残にも捨てられてしまう。

 これが労働者が労働者たる由縁であり、決して這い上がることの出来ない経済循環なのだ


 そうでなければ会社として、また企業としては利益が出せず、経営は立ち行かなくなってしまうわけである。彼らが犠牲となることで会社が、そして社会が潤う。一見すると、それは社会構造に矛盾があるように思えるだろうが、そもそも現実社会とは矛盾ありきなのだから、それらも致し方の無い事実なのである。


 その矛盾こそが社会を発展させ、文明社会と成り得る。

 そもそもの構造として、最初から犠牲ありきとも言える。


 だが時には彼らの不満が溜まりに溜まり、ついに爆発すると仕事を途中で投げ出すストライキへと繋がることがある。そうなってしまえば、生産性が維持できずに工場は閉鎖へと追い込まれるのだが、当時の事業主達がそれをただ黙って見過ごすことはなかったのである。


 彼らを制するのは、たった一つしか方法はない。

 それは武力という名の支配、そのものである。



「ウチでの仕事はしない?」

「ああ、そうだ。アンタも耳が無いわけじゃないだろう? それにな、それはアンタの工場だけに限った話じゃねぇよ」


 デュランはアルフが見つけてきたという、元ルイスの精錬所で働いていた労働者の男と会って話をしていた。彼は大勢の労働者を束ねるリーダー的存在で、彼を取り込めさえすれば他の労働者達も戻ってきてくれるはずだった。


 だがしかし、デュランの申し出は話の途中で断られてしまった。いや、その話すらまともに聞き入れてはくれなかったのである。


「何か理由があるのか? あるのならば、遠慮せず言ってみてはくれないか?」

「理由だって? アンタ、正気かよ? ははっ。コイツは愉快だぜ。なぁそうだろみんな? はっはっはっ」

「「「あっはっはっはっ」」」

「ぐっ」


 デュランが彼らの不満を聞きだそうとしたが、彼はまるで馬鹿にするように周りの席を囲っている仲間に呼びかけるとデュランのことを嘲笑っていた。


 彼らが集まっていた場所、そこは下流階級居住地域プレカリアート・エリアの一角にある公衆の酒場であった。


 まだ昼間だというのに、彼らは失業してからというもの、ここに入り浸っては昼間から酒を飲んでいたのである。精錬所の工場を見に行ってから数日後、アルフが彼らの居場所をようやく見つけ、再び精錬所で働いて欲しいとデュランが頼みに来たのだが、それも即座に一蹴されてしまったのであった。

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