第244話 企業カルテルと人としての性(さが)

 そもそも企業カルテルとは、何を指す言葉なのか?


 企業連合の名の元に市場価格や生産性また流通量など、いわゆる需要と供給を管理・運営している企業や組織の名称である。


 カルテルの本来の目的は、同じ業者間での過度な価格競争や市場への供給量を減らすことによる価格操作、それに纏わる既得権益に公平さをもたせる意味合いで作られたはずだったのだが、それもいつの頃からか、自分達の利権や利益を保守することばかりに気を取られ、業者間での入札制度における事前協議、いわゆる談合などが頻繁に行われていた。


 それを解かり易い言葉で言ってしまえば、同じ業者間で事前に・・・自分達の意思を示し合わせることにより行われている不正行為を指し示す、悪い意味合いでの名称へとその名を取って代わられたとも言い換えることができる。


 また鉱物資源のセリに参加するには、その資格を有する必要性はこの時代この国においては今のところ皆無であった。

 強いてあげるならば、競り落とした物に対して購入できるだけの資金を提示しさえすれば、石買い屋や精錬所を有する事業主以外、それこそ名も無き庶民であっても落札することができたのである。


 それは法人でも個人でもという意味合いにおいて、一応は公平な入札制度であると言えたかもしれない。

 だがしかし、問題はその入札価格と落札方法である。


 一番高値を入札した者だけが落札できるということは、逆を言えばそのすべて落札しさえすれば市場を独占できるということに他ならなかった。

 石買い屋による企業カルテルにより、過度な価格競争が生まれずに自分達の意思のまま自由自在に、それこそ底値で買い叩くことが出来たわけである。


 それも互いが互いの利益優先にすることで市場への供給量はもとより、製品加工を一手に担う精錬所または製錬所への鉱物資源の供給をストップすることで、販売価格までも自由に決められてもいた。

 加工する材料である鉱物が一切無ければ、精錬所などは急速なまでに淘汰されていってしまうことだろう。そこで莫大な利益を貪ることができる。


 国として公平さを期しているにも関わらず、何故石買い屋による企業カルテルが罷り通っているのか?

 それこそ金の力により、国でさえも彼らの権力に屈し、手中へと治められているからに他ならない。


 それに付属する形として彼らは多額の税を国へ納め、この国自体の経済を一手に支えている存在と言っても過言ではない。

 そんな彼らに対して強い意見など言えるわけがなかったである。


 こうした事柄により、石買い屋は裏から社会を徐々に経済支配していった。

 それが今日の権力へと繋がり、その元締めたる企業こそルイス率いるオッペンハイム商会である。


 オッペンハイム商会はこれまで一石買い屋の範疇はんちゅうに留まらず、ありとあらゆる産業に手を伸ばし、その業界までも手中へと収めてきた。

 一例を言えば、それは精錬所である。彼が自ら所有している精錬所では、鉱物資源を製錬から製品への加工まで一手に引き受けてきたのである。


 そのことだけでも一庶民では生涯かけても到底稼ぐことの出来ないほどの財を築き上げてきたのだが、それでも未だ彼の野心は留まることを知らなかった。

 莫大なまでの財産という名の『実』を得ることのできた彼にとって次なる目標はその名であった。


 オッペンハイムという家名にはオッペンハイム商会とともに、これまでの行いによって他業種の企業はもちろんのこと庶民に到るまで、その悪評が広まっていたのである。


 確かに彼の家もまた彼自身も、そして企業としての財は成し得た。

 だがしかし、誰も彼らのことを尊敬してはいなかったのである。


 日々の生活や仕事までも彼に追われた労働者である庶民はもとより、同じ石買い屋までも、いつ自分達が彼の機嫌を損ねてしまい潰されるかと、内心では怯えていた。


 ルイスとオッペンハイムの家は、たとえどんな汚い方法を講じても自分の利だけを追求する。そこには人間味や人間性、相手に対する温情という言葉は存在し得ないとさえ陰口として叩かれていた。


 人はそのような畏怖の念や恐れを抱くと、排他的にその者を排除する傾向へと向かうことがある。

 今はまだ彼の名と財力、それに権力によって周りの人々は押し黙っているだろうが、それらもいつ反旗を翻すかは誰にも分からない。


 もしも何者かの扇動により、その火種が燻り広がりを見せてしまってからでは、とてもじゃないが取り返しのつかないことになってしまう。

 だからこそ銀行業に参入することにより、庶民や企業からの信用を勝ち取ろうとルイスは躍起になっていたのである。


 人間誰しも、自ら進んで人から嫌われたいとは思うはずがない。

 それがいくら冷酷な人間と呼ばれているルイスであっても同じことなのだ。


 彼は生まれ育った環境から必然的にそうなるようにと、予め人生という名の道筋が決められていたのかもしれない。


『覇王は覇王たるが故に滅びることになる』


 ルイスもまた人の子である以上、人の視線、人の評判というものを避けては通れなかったのだ。

 それこそが付け入る隙を生じさせ、弱みになることをルイス本人もまだ知らなかった。

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