第243話 錯誤(さくご)

「……と言ったように登記簿上の名義はミス・ローズ様になりますが、実質的に所有・運営していくのはデュラン様です。もちろん後腐れ無きようにと、その旨も別途の契約書の事項として締結いたします。以上を持って説明はすべて終わりですが、何かご不明な点はありますか?」

「少し疑問というか、質問になるのだが……。つまりミス・ローズをトンネル役にするわけなんだな。だが何か互いに不具合生じた際、支障が起きることも想定できないか?」

「それは……」


 リアンの説明を受けたデュランはその場で聞いた限り、また思ったがまま、そんな疑問を口にする。

 すると、代わりと言わんばかりにリアンの言葉を遮って本人が口を開いた。


「それも想定の範囲内よ。ま、遠からず日にルイス何某と言うのにもバレてしまうでしょうね」

「なら、あまりにも危険なのではないですか?」

「そのことなら、貴方に心配されるまでもなく大丈夫よ」

「えっ? ですが……」


 デュランの懸念を飲み込んだ上で、ミス・ローズはそう軽口を叩いて見せる。

 だがそれでもデュランは自分のせいで迷惑をかけてしまうのではないかと心配したのだったが、彼女はこう説明しだした。


「私はただ名義を他人に貸しただけ。その後のことは知らないし、そもそも興味もないわ。それに表立って、私と貴方は今この場においても会ってもいないし、・・・・・・・・話もしてない・・・・・・。そうした接点を生し得ない二人がどうして繋がるというの?」

「なるほど……あくまでも偶然を装うわけなんですね。それにもしルイスの奴が貴女に対して害をなそうとしても、どうとでも言い逃れることができる……そういうわけなんですね」

「ええ、そうよ。あと仮に責められたとしても、私も自分の身くらいは守れるわ。それも貴方以上に・・・・・、ね」


 デュランとミス・ローズは互いに顔すらも見知らぬ相手としての体裁を保つことで、もし今後ルイスに事が露見した場合でも彼女本人には直接迷惑がかからないということを改めて確認した。

 それは傍に控えていたリアンが証人となり、より確実なものとなる。


 だがそれでもデュランの不安は消えることはなかった。

 なんせ相手はあのルイス・オッペンハイムなのである。


 自分の利益のためには、どんな悪事でさえも手に染め、最終的には自分のものへとしてきた。

 その刃が彼女に向けられでもすれば、どんな災難が待ち受けているか、分かったものではなかった。


 その後、デュランは諸々の代金については互いの取引がある銀行の口座取引にて執り行うと言われた。

 安全面や煩わしさを考慮すれば、それが一番最良だったのは言うまでもなく、特にデュランから異論はなかった。


 これでルイスが売却しようとしていたウィーレス鉱山を始めとした資産は、実質的にデュランの手中へと収められることになった。

 それはそれらの資産の運営・維持管理はもちろんのこと、今後そこから上げられるであろう利益も、すべて彼の得られることを意味している。


 またそれだけで留まらず、鉱物資源の採掘が見込めるであろう新たな鉱山とともに、その後における加工工程である精錬所を手に入れることができたのは大きかった。

 正直言って銅や鉄などを採掘、そしてその後は一旦すべての鉱物資源は国がその生産量と流通量を一括で管理するべく、そのすべてがセリへとかけられることになる。


 そこでは公平さを重んじるため、オークション形式で入札が執り行われることになる。

 入札とは、どこどこの鉱物資源数トンに対して、いくらの値で自分が買いたいのかという意思表示である。


 それを他者に知られぬよう名と落札する価格を紙へと書き記す。その後、役人達が集計を終えると皆の前で入札価格を即日発表、そこで値を一番高く落札した者が買う権利得られるというものだ。


 デュランはこれまでセリに参加し、値を付けられた分の売り上げを得てきた。

 だが精錬所を手に入れた今では、逆に買い付けることができる立場と成り得たのである。


 自分の所で採掘した資源を公式な場であるセリにて、他者と入札しその入札価格で争うのは些か可笑しな構図に見えるだろうが、それも国力である鉱物資源の生産量と、その価格を管理する名目上は致し方の無いことなのだ。

 だからこそ石買い屋という中間業者が幅を利かせるきっかけとなっているのは、今更言うまでもなかった。


 石買い屋はその豊富な資金を使うことで、セリにて高値を付け大量に買い占める。

 そして落札後は、精錬所や加工業者へと自らの手数料を乗せて右から左へと流通させる。たったこれだけでのことで、石買い屋は多額の利益を貪ることができるわけだ。


 自分達では鉱山での採掘は愚か、製錬せいれん工程……つまり鉱物資源から石や砂などの不純物を取り除き、純粋な金属だけを取り除く製錬するような面倒なことを一切しなくても良い。

 唯一することと言えば、入札における落札と現物の管理が生じ得ない書面上の取引だけになる。しかもそれには、落札時の数倍の値を自由に付けることができてしまうのだ。


 資金を持ち合わせない精錬所は彼らから仕入れることで製錬で純度を高めてから、更に純度を高めるための精錬せいれん加工を行う。

 これにより、純度が高められた後、運搬・管理しやすいようにと一つの金属板へと加工される。この板のことを『地金じがね』を呼び、一般的には『インゴット』などとも呼ばれている。


 インゴットの名称は何も金や白金だけに留まらず、銀や銅、それに亜鉛や錫板などもそう呼ばれてもいる。


 その後は製品などを形作る製品加工業者へと、その地金を引き渡すのである。


 ただ鉱物資源をセリに出すよりも自ら競り落とせば、中間マージンを抜けることで他よりも安く加工できるため、普段庶民が手に出来る製品も値を低く抑えつつ、自らもまた多大な利益を得ることができるわけである。


 だがしかし、それなら何故誰も自ら落札しようとは思わず、一見不必要にも思える石買い屋などというものが存在し得たのであろうか?

 それは彼らの業界全体がセリの場にて結託、あらかじめ事前に落札の値を示し合わせる『企業カルテル』と呼ばれる不正が幅を利かせていたからであった。

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