第241話 赤い薔薇の貴婦人
「まさか本当にあの執事がここまで協力するとはな」
リアンがデュランの元へ多額の記載がされた小切手を届けた翌々日のことだった。
彼を通してルイスの鉱山などの資産を購入取引するため、デュランは公証所を訪れていたのである。
ルイスの目がある手前、名目上はデュランの名を出せないので、別人名義の譲渡購入となる。
デュランはその相手について何も知らされてない。
「それならば、別にわざわざ俺が出向く必要はあるのか? 直接金を渡してやれば済むものを……」と、リアンに訪ねたところ、それでもトンネルの役割を担う人物に挨拶と顔合わせを兼ねて呼ばれたらしい。
案外手間がかかるものだと思いつつも、デュランは仕方なしにこうして出向いてきた。
既に何度も公証所を訪れ、公証人であるルークスと面識のあるデュランは小慣れた感じに部屋へと通され、その人物が現れるのをただひたすらに待っている。
コンコン。
控えめにドアノックがされると、ようやくお目当ての待ち人が現れた。
「失礼いたします。少々遅くなりました」
「いや、別にいいさ。そちらが例の……」
挨拶を交わし、時間に遅れたことを詫びたのはリアンだった。
デュランは挨拶も早々に彼の後ろに佇む女性に目を向ける。
「ミス・ローズ様です。今回の取引において、橋渡しをしてくれます」
「…………」
リアンはソッポを向き、自分の名すらも告げない彼女に代わり、名前を教えてくれた。
「そうでしたか……。わざわざここまでお越しいただき、ありがとうございます。デュラン・シュヴァルツです」
「…………そっ」
デュランは一応目上らしき見た目の女性を前にして、社交辞令を述べてから自らの名を口にする。
しかし相手の女性はそれすらもつまらないことだと一蹴するかのように、デュランのことを無視して近場にあった席へと着いた。
リアンもそんな彼女に慣れているのか、何も言わずただ黙って椅子を後ろから優しく押すことで彼女が席に座るのをエスコートしている。
(普段から誰かに奉仕されることに慣れている……いや、そもそも自分がそうされて当たり前と言った態度のようにも見える。フィクサーとは違った意味で、貴人なのだろう。生まれながらに高貴な身分というやつか)
デュランは返礼の一言も告げない彼女を目の当たりにして、そう思ってしまう。
確かにその見た目はデュランでさえも、目を奪われるほど美しかった。
だが彼女の着ているドレスがそうであるように、本人もまたどこか寂しさや物悲しさを抱え込んでいるようにも感じていた。
(なるほどな。彼女はネリネが売り物にしている赤い薔薇と同じなのだな。無知にも彼女の断り無く触れてしまえば、茨の茎に無数にも生える棘に絡め取られ、触れた手を容赦なく傷つけてしまう)
デュランはまるで赤い薔薇のようであると、彼女を印象付けていた。
「……なによ?」
マジマジと彼女の顔を観察してしまっていたため、咎められてしまう。
「失礼しました。ご婦人の顔を凝視するような無礼を……その、貴女があまりにもお美しかったものですから、つい目を奪われてしまいました」
「そんな
デュランは咄嗟に取り繕う言葉を用い、損ねたであろう彼女の機嫌を取ろうとしたが、またもや一蹴されてしまった。だが透かさず、デュランはこう言葉を続ける。
「えぇ、そうでしょうね。貴女を前にすれば、男性女性関係なくも誰も彼もがその美しさに視線を奪われてしまうことでしょう。それはまるで孤高にして、美しく華を咲かせる赤い薔薇と同じ。それに薔薇は多くの人に愛でられてこそ、美しい華を咲かせるものだと私は考えております。また所々に敢えてアクセントとしての黒色を取り込むことで、より華の美しさを惹き立ててもいる。ミス・ローズが多くの視線を集めることは、もはや必然なのでしょう」
「よくもまぁそうペラペラと、女性を喜ばせる言葉が口から出るものね。まるで最近、街の女性の間で人気の『黒の君』に出てくるような、登場人物が口にする浮たセリフのように感じるわ。貴方はいつもその調子なのかしらね?」
「……いえ、そんなことは決して」
「嘘おっしゃい。いま少しだけ間が空いていたわよ。ふふふっ」
デュランが歯の浮くようなセリフを口にすると、彼女は先程のまでの不機嫌そうな表情が嘘のように和らぎ、今は愉快そうにも笑みを浮かべている。
(まさか……な。だがしかし、女性の間だけで流行っているのかもしれない)
デュランは内心焦る気持ちを隠していた。
まさかこの場で、以前レストランでネリネや若い女性達にからかわれた『黒の君』という言葉を耳にしたからである。
「あっ」
「あら、今度はどうかしたの? もしやまた、私の機嫌を取ろうと歯の浮くようなセリフでも思いついたのかしらね? 私に遠慮せず、自由にその口から奏でてくれてもいいのよ」
「い、いえ。その、何でもありません」
「そぉ? 貴方は本当におかしな人なのね。さっきまで私を前にしても、そうならなかったというのに今ではまるで熟した実のようにもなっているわね。一体、何が青い果実をそうさせてしまったのかしら? ふふっ」
「ぅぅっ(照)」
一瞬、デュランは本気で彼女の笑みに見惚れてしまった。
そのことを悟られないよう彼は反射的に顔を伏せてしまったが、その頬は熱と赤らみを持ち合わせ、彼自身それを自覚してしまう。
うるさいほどの音を奏でる鼓動はより早くなり、先程まであったはずの彼の余裕は既にどこかへと消え去っていた。
彼女に対して最初に抱いてしまった孤高にして冷徹そうな印象とは違い、デュランは目の前の女性に魅入られつつあったのだった。
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