第240話 血塗られた薔薇の吸血鬼

 それから数日後、ルイスは不要だと思われる資産をリアンが見つけてきたというミス・ローズへ売却することで多額の資金を確保することに成功した。これで国に収める保証金は賄え、後はこの国で初めて個人としての銀行を認可されるのを待つだけである。


―ツヴェンクルクの街にある某所、とある人物の屋敷にて


「では、無事取引を終えたのだね?」

「はい。お心のままに……」

「そうか……それは重畳重畳。よくやった、リアン」


 フィクサーは珍しくリアンのことを褒めていた。

 彼の策略のおかげでルイスが持っていた資産である鉱山や精錬所、そして鉄工所に薬屋などを破格の値で、とある人物に譲り渡すことができたのである。


「名義はすべてデュラン君にしてあるな? それに投資した分の資金についても……」

「もちろん既に名義の書き換えを終えてあります。以前、しっかりとお渡しした資金の中から費用を工面してもらいました。既にルイス様の方にも支払われております」


 フィクサーは意味深にもこの場でデュランの名を口にする。


 そうルイスが資産を売却した先は、彼が最も嫌う人物……デュラン・シュヴァルツに他ならない。

 だがしかし、リアンが提案した際には相手側の名前は女性だったはず。それなのにどうしてデュランが購入することが出来たのであろうか?


「ねぇフィクサー。別に手柄を横取りしようとは思わないけれど、一時的とはいえ名義貸しをした私に対しても、礼の言葉くらい必要なんじゃないかしらね?」

「ああ、すまないなローズ。まさか君が礼の言葉などというモノを欲するとは思わなかったものでね」

「ふん。まぁいいわ。貴方にそんなことを求めること自体が間違いだったわね」

「ふふっ。そのように拗ねるな。近々ちゃんとした礼はする。そうだな……そこにある年代モノの赤ワインなどはどうだ? オマケとして君が好む赤い薔薇も用意しようじゃないか」


 二人の間を割って入る形でソファーに腰掛けていた優雅な女性がそんなことを口にする。

 フィクサーは親しみを持った言葉とともに、今彼女が座っている背後の棚に飾られたワインと赤い薔薇を贈呈すると約束し、静かにも彼女の気持ちを嗜める。


 彼女はまるでパーティードレスのような胸元を大きく開けた真っ赤なドレスを着こなしており、光を受け黄金に輝くブロンドヘアは腰まで届き、日焼け対策に腕まで隠れる黒の手袋をしている。

 その見た目ド派手な格好をしていたが、それでも彼女自身から溢れ出す気品と一つ一つの動作から下品さは垣間見えない。むしろそれすらも人々の視線を惹き付けるようでもある。


「年代モノの赤ワインなんかよりも処女の生き血なら、も~~っと、私は満足するでしょうね」

「くくくっ。相も変わらず、悪趣味なことだ。今の君はまるで獲物を狙っているようだぞ」

「あら、失礼ね。私は美しい華を愛でてるだけよ。どうせ汚らしい男共に散らされるくらいなら、いっそのこと私が貰い受けるほうがマシでしょうに?」

「…………」


 リアンは長年二人の間柄を間近で観察してきたが、あまりにも高度すぎる話に自ら口を挟むことは皆無であった。

 どちらにせよ彼自身、上流階級の人物が嗜む話題には興味なかった。


 彼女こそ、ミス・ローズ……つまりルイスが資産の売却先だと思っていたローズ・ウィーレスという女性である。フィクサーは彼女のことをブラッティ・ローズなどと親しみを込めて呼んでいたが、それは名前の一つにすぎなかった。


 先程していた会話のとおり、彼女は赤い薔薇と赤ワインをよく嗜むのだが、彼女がそれを口にし愛でる姿を一目見た人々は口を揃えてこう呟いた。


Bloodyブラッティ roseローズ vampireヴァンパイア(血塗られた薔薇の吸血鬼)』――と。

 

 それは彼女が日の光をあまり好まないことから、吸血鬼ヴァンパイアなどとも呼ばれるようになってしまった。


 また自分の容姿に過剰なまでの自信を持ち合わせながらも美しい者へ執着しており、時には他人のモノであっても強引に自分のモノにしようとする。

 もちろん、それはモノであっても人であっても同じことである。


 特に好むのは、『穢れを知らぬ処女』であった。

 つまりは未だ男をその身で受け入れたことのない若い女性のことであり、彼女はその美しい華・・・・けがす男達を心底敵視していた。


 だがそんな彼女でさえも、目の前のフィクサーとリアンとだけは普通に会話を交わしていた。


「君の美しさの秘密は、そこにあると見えるな」

「ええ、もちろんよ。あと赤い薔薇ね。薔薇は誰も触れることを許さないトゲを持ちながらも、華の美しさで人々を引き寄せる。時にその華に心を囚われてしまった相手の指肌をトゲにより傷つけることで、自ら華を朱へと染め上げる。それが赤い薔薇たる由縁なのよ……どう美しいお話だとは思わないかしらね?」


 もし仮にフィクサーが白き薔薇ならば、彼女は赤き薔薇と言っても差し支えないことだろう。

 それは容姿の美しさはもちろんのこと、触れれば他者を傷付けるトゲを持ち合わせているからに他ならない。


 ミス・ローズもフィクサーに負けず劣らず狂気な存在だったのだ。

 そのトゲは自らの欲を満たすため、やがてデュランの傍に居る女性にまで届くかもしれない。


「ネリネ、今日の売り上げはどうだった? 順調か?」

「あっ、デュラン様。幸福の薔薇のことですね? もちろんです♪」


 処女の生き血と美しい華を求めるために……。

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