第239話 妥協と決断
「実はですね、相手のミス・ローズ様から、とある条件を突きつけられているんです」
「ふむ。して、そのローズとかいう娘が出した条件とは何なのだ?」
「ウィーレス鉱山はこの数年の間、一切手を入れてきませんでした。そのことで表面上の資産価値を大幅に下回っている。それで今回の購入に関しては値を下げるようにと、言われておりまして……」
「はん! そんなものは少しでも安く買い叩きたいがためのタダの難癖だな」
ルイスはそう口にしてリアンの言葉を一蹴してみせるが、実情は相手の言うとおりだった。
実際オッペンハイム商会がウィーレス鉱山を取得してからというもの、それまで鉱山で働いていた鉱夫達は全員その日のうちに解雇されてしまった。
そのため、今なお蒸気ポンプや坑道内部を支えているであろう柱木の支柱などは当時のまま放棄されているはずである。
蒸気の力を用いたポンプということは、当然のことながら水を使うわけなのだ。
それも毎日のように使うことで内部の水と蒸気は循環され続け、その間は金属の腐敗を防ぐ役割を担っているはず。
けれども、いきなりの会社買収劇により廃鉱となってしまえば、誰もメンテナンスする人間がいなくなってしまう。
またしっかりと水抜きや蒸気抜きがされていなかった場合、接続部の金属や蒸気タンク、それに水を溜めておく鉄製のタンクが腐食して穴が開いていてもおかしくはない。
このため鉱山を再開するには、それらの機械や支柱をすべて新しいものへ買い換えなくてはならず、ルイスが売却しようと提示した額では割に合わないということらしい。
また撤去するということは、坑道内部から引っ張り出し廃棄することを意味してもいる。新たに設置するよりも廃棄分の費用まで差し引いて、資産価値を考えなければいけないのだという。
「どうしますか? 相手の言い分をそのまま飲めば、当初見込まれていた売却額の半分ほどになってしまいますが……」
「そんなことは改めて聞くまでもないことだろう。そのような値では到底売却できるはずがない!! そもそも我々が提示した額も、買収にかけた費用分なのだからな。それを割ってしまえば、こちら側が大損になってしまう。それにだぞ、鉱山ならば鉱物資源が取れるはずだ。その分を含めても提示した額を割るだなんてことは、まずありえないっ! ありえるわけがないのだっ!!」
ダン、ダンッ!!
ルイスは憤りを隠せないと機嫌を損ねてしまい、机を叩くことで憤慨する気持ちを露にしている。
尤もそれも、ルイスはまったくと言って良いほど損をしてはいなかった。
なんせウィーレス鉱山を買収した目的も銅の値上がりを目論んだものであり、既にその分は回収済みなのだ。だからたとえ半値で売却しても、十二分に利益は得られるのだが、彼にとって見ればそれは別という認識らしい。
「一つ、私から提案があるのですが……」
「提案? なんだ、言ってみろ」
「他の売却物件と抱き合わせる……というのはいかがでしょうか?」
「他のを? それは他にも売りに出す予定の鉱山や精錬所のことか?」
「はい。関連する資産も共に値を提示することで、少しでもお得感が出るのではないですかね?」
リアンが提案したことはこうだった。
ルイスはウィーレス鉱山の他にも近隣の鉱山や精錬所、また製鉄所なども売りに出す予定だったのだ。
それらを抱き合わせ同時に売りつけることで、一つの資産として相手に売りつけるつもりらしい。
もちろんそれも幾分値を下げることにはなるだろうが、それでも相手先を見つける手間と相場を逸脱した半値以上の価値にはなるだろう……というのがリアンの提案だったのだ。
「リアンよ、お前は相手はそれを良しとすると、本気で思って提案しているのであろうな?」
「もちろんです。まぁこれだけの資産を一度に引き払うのですから、こちら側もある程度の譲歩は必要になると思います。それに差し引く分を計算に入れたとしても、銀行を設立する際の保証金に必要な額を満たすはずです」
「ふむ……なるほど、そういう考え方もできるわけか」
ルイスはどこか納得した、という風に頷いていた。
少々の損を見込みながらも確実に資金を確保するか、それとも売れるかどうか分からない資産を抱えながら、これからも取引相手との駆け引きを行うか。ルイスはその決断を迫られていたのだった。
(この際だからリアンの言うとおりにして、邪魔な資産をすべて売り払うというのも一つの手だな。それにウチの主体である石買い屋だけ手元に留めて置けば、後から取り戻すこともできるというもの。それにもし駄目だったとしても正当な銀行業として金を貸し付け担保に入れさせた後、じっくりと金利を搾り取り、最後に貸し剥がすなりすれば事足りる……か。むしろそちらの方が一興というものか。くくくっ)
ルイスは既に自分が相手方に勝った気に陥っていたのである。
そしてすべての物事が自分の思うがまま順調に進むものだと疑いの余地すら抱いてはおらず、また長年自分に仕えてきたリアンが自分のことを陥れるとは夢にも思っていなかった。
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