第238話 因縁の相手

「……となっております。もちろんできるだけルイス様が望む額を得られれば一番ですが、やはり急ぎ売却するとなると相手にも足元を見られ、安く買い叩かれてしまうでしょうね」


 フィクサーからデュランへの荷物を届けてから数日後のこと、リアンはルイスの前で事前に指示されていたオッペンハイム商会が所有する資産の詳細を報告している最中であった。

 

「ふむ。やはり急がば回れ……か。だがそれも致し方の無いことだな。せっかくのチャンスが巡ってきたのだ。今は急を要する事態なのだ。そのため、多少の損が出ることには目を瞑ることにする。リアン、それでも売却する相手はよく調べるのだぞ」

「はい。それはもちろんです。相手の裏の裏までも探りを入れるつもりでした。ですが……」


 ルイスはリアンの報告を受け、内心焦っていた。


 もちろん銀行業開設とはいえ、すぐにどうこうする話ではないが、それでも資金を早くそしてより多く集めておくに限る話。

 だが反対に売却する側が焦りを見せれば見せるほど、購入する側とはそれを弱みだと察して、もっと値を下げるよう駆け引きをするもの。


 そこには時間的余裕はもとより、相手の情報収集能力がモノを言う。

 他者よりも少しでも早く情報を掴めば、それが攻撃の手段と成り得るわけだ。


 それはルイスの父親、ロス・オッペンハイムがそうであったように、取引では情報こそがすべてであるとも言える。

 今現在、ルイスの弱みは売り急いでいることであり、相手がそれを知れば当然の如く、買い叩いてくる。


 また売り物に対する負の要素……この場合、鉱山であればどのような鉱物が産出して埋蔵量はどの程度なのか? そして精錬所では、一日の生産量と品質がすべてである。


 鉱物資源の売買を生業としているオッペンハイムとはいえ、鉱山を経営すること自体はあまり得意とは言えなかった。

 何故ならルイスは鉱山の会社自体を買収し、それによってライバル企業を破滅させることばかりに尽力を注いできたからである。


 そのツケが今頃になって現れてしまい、多数所有する鉱山を売却する際の足枷となっていたのである。

 当然他の石買い屋からの評判も良くはないため、資産価値を大幅に割ってでも値を提示しなければ、相手方は購入しないのだ。


 それは何も鉱山だけの話に留まらず精錬所や鉄工所の類でも同じことであり、ルイスが資産を売却する先は軒並みこの機会を好機と捉え、これまでの損を取り戻そうと業界では結託しているのだとリアンは告げた。


「そうか……相手の弱みを突くことは経営の基本セオリーだからな。ここぞとばかりにウチに対する意趣返しをしてきたのだろう」

「そのようです。ですが、それでもお一人だけ手を挙げた方が……」

「ほぉ。慧眼けいがんとも言うか、狡猾な奴がいたのか? どれ、こちらへ見せてみろ」


 そしてリアンは相手の資産や事業を調べ上げた書類をルイスへと手渡し見せた。


「名がローズ・ウィーレス? 聞いた事のない名だな。その名から察するにウチの資産を売却する相手は女なのか?」

「はい、そのようです。元々は資産家の家柄だったとか。申し出はその長女の方らしいのです」

「そうなのか……ん? だが待てよ、ウィーレス……だと? どこかで聞いたことのある名だな……」


 ルイスは書類一番上に記載されている名を見て、どこか違和感を覚えたようだ。

 そして少し間を置いてから、リアンがこんな言葉を口にする。


「ルイス様、数年ほど前のウィーレス鉱山を覚えておいででしょうか?」

「ウィーレス鉱山? 確か銅が取れるとかいう、街近くの鉱山のことか?」

「はい。その鉱山を入手にする際、ルイス様が計略を巡らせ鉱山主を詐欺に遭わせました。ですが、相手方はその、破産に追い込まれまして……」


 リアンは言いにくそうに最後まで言葉を口にはしなかった。


 その後に続く言葉はルイスでも容易に察しがついていた。破産に追い込まれた者の末路……それは自殺しかないのだ。

 しかもそうなるようにと自分が仕向けたにも関わらず、彼自身そのことを覚えてもいなかったのだ。リアンに詳細を伝えられ、微かにそうのようなことをした。その程度の認識でしかない。


「その娘なのか?」

「えぇ。調べた限りでは……」

「そうか、なるほどな。父親の無念を晴らすべく、ウチが所有している鉱山を買い戻そうとしているわけなのか」


 ようやく理解したと、ルイスは頷いてみる。


「きっと、どこぞの金持ちとその娘とが結婚して、今頃になって力を付けたのだな。その買戻しは相手にとってみれば、私に対する遺恨から来るものなのだろう」

「…………」


 何気なくルイスがそう独り言を呟いたが、リアンは無表情のまま無言を貫いている。

 それは従順な執事の顔というよりは、ルイスに対して明らかに、何かを言いたげであった。


「まぁ別にいいだろう。どちらにせよ、金を出すのだ。相手がデュラン以外ならば誰でもいい。それで話を進めてくれリアン」


 だがそんなことに気づく素振りすら見せないルイスは、自分には関係の無いことだと既に興味を失い、リアンにそう指示を出す。


「……リアン?」

「えっ? ああ、はい。失礼いたしました」

「なんだ? 疲れているのか?」

「……いえ」


 ルイスの呼びかけに返事が無いことを不信に思い、彼は再びリアンの名を呼んだ。

 呆けた表情というよりは、何かを深く考えている彼の横顔を見ていると、やや遅れて反応があった。


「一体どうしたというのだ? もしや、何か問題でもあったのか?」

「ええ、その言いにくいのですが……」


 ルイスはウィーレス鉱山の取引について、相手方から何かしらの条件でも付けられたのかと勘繰ると、リアンは言いにくそうに言葉を返した。

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