第237話 隠れ蓑

「それで、お前はどう俺に協力してくれると言うつもりだ? まさか今から裏切りますと、自ら進んで主であり仕えているルイスの目の前で口にするわけではあるまいに?」

「はははっ。まさか、そんなことは口が裂けても言えませんよ。今のところ・・・・・は、ね」

「……だろうな」


 デュランは冗談めいてリアンに向かって口にすると、彼は愉快そうに笑みを浮かべ、そして今はまだそのときではないと否定する。

 これは既に分かりきっていることなのだが、リアンはいずれ遠くない日にルイスのことを裏切る腹積もりなのだ。でなければ、こんなに明け透けな言葉を自ら口にするはずがなかった。今はただその機会を窺がい、伏せている。それこそルイスへの致命的一撃を与えられる機会を得られれば、その喉笛に食らいつくことだろう。


「フィクサーがどこまで話されたか存じ上げませんが、基本的にはデュラン様の利へと繋がるよう誘導するつもりです。もちろん表立っては実質不可能でしょうから、私が得ることのできる情報を逸早く流す……それによってデュラン様も対策が立てられますよね? 私はただそのお手伝いをするだけです」

「情報のみの支援というわけか」


 リアンの口ぶりをどこかで聞いた覚えがあるとデュランは眉を顰めるが、それはすぐにフィクサーが口にしていたことと同じであると気がついた。

 もちろんフィクサーにしろリアンにしろ、表立ってルイスのことを攻撃することはできないのだろう。もしできるとすれば、とっくの昔にしているはずなのだ。


 では、何故それができるだけの力を持っていながらも、彼らはしないのか?

 その理由は至極単純なことだった。


 自らのリスクを抑えつつ、デュランという存在を隠れみのに使うことで志を遂げようと彼らは画策しているのである。

 もちろんそれにはデュランでさえも、容易に気づくことが出来ている。だが、気づいていながらも互いに利用し合うことで、目的を成し遂げようとしていたのだ。


(奴らの目的のために利用されているのは気に食わないが、俺一人でルイスを倒せる力は無い。それならば利用されてると思いつつ、逆に利用してやればいい。あとは使い捨てにされぬよう、何かしら連中の弱みを握ることだろうな。あるいは潰されないだけの力を手にするか)


 デュランは先の先までに気を配りつつ、リアン達と共闘してルイスに立ち向かわなければならない。

 もしそれができなければ、社会的にもルイスを亡き者にした後、何かしらの理由を付けられて自らもルイスの後を追う羽目になるかもしれないからだ。


 敵の敵は味方になりうるが、それは共通の敵が存在し続けた場合のみである。

 もし敵を倒してしまえば、今度は互いに食いつぶすしか生き残る道はないであろう。


(その見た目に反して狡猾と言うべきか、それともしたたかなだけなのか。最初こそ人の感情を見せなかったが、今では復讐にその心を蝕まれているにすぎないように俺には見える。もしも彼やフィクサーなどの存在が無かったとしたら、それは俺になっていたのかもしれないな)


 リアンとフィクサーという存在が、ある意味デュランの心に歯止めをかけるストッパー役割になっていたのである。


 確かにデュランも首を刎ねられそうになったので、ルイスに復讐しようという気概を持ち合わせてはいる。

 しかし、それは人として、また生き物としての防衛本能にすぎなかった。


 だが、リアンはどうしてそこまでルイスに復讐心を抱いているのだろうか?

 またそうにも関わらず、ルイスの元で執事として仕えているのも不可解だとも言える。もしも本当に寝首を欠くならば、文字通り寝静まった頃を見計らって実行に移すだけでいい。


(……となると、このリアンという男にも何かしらの希望がある……そういうことなのか。それが人か物なのかまでは知らないが、そうまでする理由があるのだろうな。ともすれば、今のところは信用できるだろう)


 デュランはようやくリアンに対する考え方と、これまでの行動についての考えに折り合いをつけることにした。

 結局、本人でなければ分からない部分だろうし、聞いてみても答えるという保証はどこにもない。デュランは無駄なことに頭を使うことを止め、今はただルイスを排除すべく対抗できるだけの力を貯えることに集中することにした。


「そういえばフィクサーが口にしていたことなのだが、ルイスは銀行を事業として立ち上げようとしているらしいな。もちろんそれを阻止すべく、動くことでいいのだな?」

「えぇ。今はまだ資金不足ですので、近々鉱山や精錬所などを売却する予定です。そして資産価値の査定や、少しでもより高く売りつける相手を見つける……」

「……それがリアン、お前の役割なのだな」

「そのとおりです」


 今後すべき方針と情報に関する齟齬の刷り合せとして、デュランは今一度ルイスに纏わる事柄を確認する意味でもリアンにそう訪ねると彼は頷いて見せた。


「資産価値の査定に、それらを売りつける相手先……か」


 そしてどこに付け入る隙があるのかとデュランは頭を働かせながら、腕組みをして思考する。


 当たり前にルイスを陥れるならば、オッペンハイムが所有する鉱山や精錬所の資産価値をリアンに低く見積もらせ、安く買い叩くのが得策と言える。

 もちろんその資金は十二分に用意されているが、それでもすべてを購入するにはとても足らなかった。


(それにあからさまに買い叩いてしまえば用心深いルイスのことだ、リアンに疑いの目を向けるやもしれない。そうすれば、売却した先を独自に調べ上げるなんてことも想定される。そうなってしまえば、その背後に俺が居ることも感づかれてしまい、目論見は泡と帰してしまう)


 デュランはどうすればルイスの懸念及び疑いを免れながらも、資産を買い叩くべきかと頭を悩ませる。

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