第236話 共闘

「おっと、これは失礼いたしました」

「…………」


 デュランが訝しげな顔で見ていると気づいたリアンは、ようやく元の感情を垣間見せない執事へと戻ろうとする。

 それがかえってデュランにとって見れば、違和感を助長させるのだった。


(このリアンという執事。何か思惑があってルイスの元に身を寄せているようだが……。それならば、納得もできるか)


 デュランは未だリアンを信用しない思いつつも、同じ相手を敵として心に抱くのならば共闘できると踏んだ。

 とりあえず話を進めようと、本題に戻ることにした。


「それでどれくらい資金を融資・・してくれるというんだ?」

「フィクサーからデュラン様への投資・・額について、ですね。それではこちらに……」


 デュランは敢えて融資と口にしたのだが、リアンはそれを正しくも投資という言葉へ置き換え、そっと上着の内側に隠されているポケットから一通の封筒を取り出す。

 そしてリアンはその封筒を指先だけでスッと、音も無くテーブル上を滑らせると、デュランの手が届く位置へ差し出してきた。


「んっ? なんだ現金ではなく、小切手の類を持ってきたのか?」

「はい。さすがに現金をそのまま持ち歩くのは危険がありますし、ここまで持ち運ぶのにも重いです。何より現金ですと出入り管理がイチイチ面倒ですからね。大金を動かす場合、履歴が残る当座取引のほうが我々には都合が良いのです」

「そうか……ま、確かに考えてみればそうだな」


 リアンから徐に差し出された封筒を手にしたデュランは違和感を覚えつつも、中を見てみることにした。

 無用心なのか、それともリアンが信頼されているのか、その封筒は封がされていなかった。


 通常であれば貴族や王族、またはそれなりの地位を有する者が第三者へ封筒を託す場合、相手まで届ける途中で覗かれぬようにと溶かした蝋を封印代わりする。

 そしてその家系の証である判や指輪などを押し付けることで、その封筒がより信頼できるものの証とするのが常識であったのだが、それも彼らの常識ではないようだった。


「んっ……これ、は?」

「…………」


 デュランは手にした薄い紙切れ一枚に驚きの声を上げてしまった。

 対するリアンは無表情のまま、それについて何も口にはしない。


 そこには取引銀行名の他に日付及び宛名、そして中央には額面が印字されていたのだが、問題はその額である。


『金貨10万枚』


 デュランにとってみれば、それは目も眩むような額面であった。

 ルイスを騙し株で儲け分でも数万枚だったのだ。その数倍以上をフィクサーは無担保無保証でデュランに投資してくれるのだという。


「これは本物なのか? あっいや、気を悪くしないでくれよ。決して疑うわけではないのだが、あまりにもこれは……」

「もちろん本物ですよ。それを確かめる術はしっかりとあります。ほら、こうして紙に光を通せば印が浮き上がってきます」

「なるほど……あらかじめ紙に特殊な加工がされていたのだ。これはいわゆるスカシ・・・と呼ばれるものだな。どうやら偽造防止の意味合いも兼ねているようだ」


 信じられないといった表情を浮かべているデュランに対し、リアンはその小切手を徐に手にすると下から覗き見るようにと、掲げるように持ち上げた。

 すると窓から差し込む光が紙を通り抜け、紙が透けて見えてくる。そして中央付近の額面印字に凹凸おうとつが生まれ現れる。いわゆるこれが銀行や証券会社でよく使われている偽造防止の『スカシ』と呼ばれるものだ。


 その名の通り、誰の目で見ても一目で真贋しんがんを見極められる方法として、このような偽造防止技術が生まれたのである。

 もちろん、ただ似たような材質の紙へ印刷しても、たちまち偽物であると見破られ、最悪の場合には詐欺罪または公的文書偽造の意味に問われることになる。


(本当にあの人が俺にこんな大金を投資してくれるというのか? それも俺からの信頼を得る……ただそれだけの理由で?)


 デュランの意識は小切手よりも、その額面へと注視しつつあった。

 もちろん手元にある財産、株で儲けた分も合わせると、相当な額と成り得る。


 これさえあれば、どの鉱山だろうと会社だろうとも容易に買収することができるはずである。


「もちろん、その後の取引についても承っております。ルイス様は今、新たな事業である銀行業への足がかりとして、手持ちの不動産を始めとした財を取り急ぎ売却しています。これに上手く食らいつくことができれば、デュラン様は今よりも力を得ることが出来るでしょう。そのためには私も尽力いたしますので……」


 リアンは堂々とデュランに手を貸し、主であるルイスのことを裏切る言葉を口にする。


 その目は信念と呼ぶには些か狂気染みており、復讐という静かなる野心に燃えているようでもあった。

 それが彼に対する確かな担保になるのだと、デュランは内心思っていた。


 人は共通の敵を前にすれば、たとえその意志が合わずとも共闘できるもの。

 それこそデュランとリアンは、ルイスという共通の敵を得たことで互いに信用できる対等な立場となったのである。


(彼にどんな思惑や復讐心を抱いていようとも、俺には関係のないことだ。今互いに必要なのはルイスという共通の敵……ただそれだけのこと。その後、連中が裏切ろうが敵になろうが同じこと。行く手を阻む者は押し退け潰すのみ。だがしかし……その果てにあるものはなんだろうな? 己の幸せか、あるいは……)


 デュランは答え無き答えに思い悩むのだった。

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