第233話 内需拡大の要素

 戦争とは何にも勝る経済循環における最終手段……これは兵器製造または売買についてや領土の問題は元より、国全体が物を欲するという意味合いにおいて、何物にも勝る経済手段であり、他の追随を許さない。

 もちろん戦争は自国の利益を守るという目的もあるだろうが、そのほとんどは自国の産業を潤すというのが本音のところ。


 また他国を悪者へと祭り上げることにより、自国での政治や経済不満などから国民の目を逸らす手段にも使われている。戦争をすることにより国民の意思を団結し、国をより強くする……まさに富国強兵であると言えよう。


 だがしかし、その代償はあまりにも大きなものがある。


 戦勝国と戦敗国。その両者とも犠牲は計り知れないもの。

 それは物資はもちろんのこと、人という国にとって何にも変えがたいものを多く失わなければいけないのである。


 それこそ国を率いるトップの一言によって、時に数万数十万にも及ぶ若者の命が戦地で散っていく。

 それでもなお、政治家達はその犠牲を厭わずに戦争を引き起こすことで自らの懐をも潤すのである。


 これらは何も近代社会だけに限らず、これまでの歴史を振り返ってみても否定できるものではない。


(俺もあの戦争によって多くのモノを失ってしまった。ならば、経済でしかこの国を救う手立てが無い。たとえ目の前の人物に別の思惑があろうとも、それを利用して成り上がるしか貴族としての・・・・・・生き残る道はない)


 デュランはフィクサーの提案を受け入れることを決意したのである。


「それで貴方は俺に力を貸してくれると言ってくれました。その力とは一体何を指し示しているんですか?」

「ふむ。君は今現在、何を欲しているのだね? オッペンハイム家のように多額の資金を融資して欲しいかね? それとも誰もが抗えないほど権力かな? ……何か望みはあるかね? ああ、もちろん我々の・・・志を遂げるという目的において、だがね」

「(ゴクリッ)」


 デュランはフィクサーに対して、どんな風に自分のことを支援してくれるのかと聞いてみたのだが、彼からは思いがけず何でも用意すると言われてしまった。

 その申し出はありがたいものであったが、だがそれも何か裏があるのではないかとデュランは勘繰ってしまう。


 それは先程、彼が口にした言葉の裏に潜むものだった。


(あくまでも資金を融資してくれる・・・・・・・わけなんだな……。つまりそれは俺に対して金を貸してくれるもの……有り体言うなら、それはただの借金だよな? もちろんその規模は違うだろうが、返済付きとなると、今後色々と口を挟まれ俺の行動が制限されるかもしれない。あのルイスのように……)


 デュランは彼の言葉からその意味と意図を読み解いていった。

 そして、あの処刑台での彼とルイスとの会話を思い出していたのである。


 あの時はフィクサーが各業界の顔役であり裏の人間だから、ルイスも彼のことを立てていると思っていた。けれどもその実、裏ではフィクサーがオッペンハイムの家へと資金を融通している事実が見え隠れしていたのだ。


(確かルイスの父親の時代から付き合いがあり、多額の資金を融資した……そう口にしていたはずだったな。となると……)


 デュランは自らの会社や資産が彼の資金援助により更に成長できると踏んだが、それでもあの処刑台でのルイスとのやり取りが目に浮かんでしまい、最後の最後で踏ん切りがつかなかった。


「……いえ、資金のほうは今のところ大丈夫です。何よりリスクを取らず、より堅実なほうが小さいながらも、確実に・・・社会貢献できるはずですからね」

「おや、そうかい? ふーむ……そうか……そう来るか」


 デュランは長考の後、彼からの資金援助を断ってしまう。

 それを聞いたフィクサーはどこか感情なき顔付きのまま、何かを考えながらこんな言葉を口にする。


「うんうん。さすがに君は普通の愚か者とは違うようだね。ま、金は人を一番狂わせる魔性の欲とも言うからね。ならば、私からは情報の提供でもさせてもらおうかな」

「情報……ですか? ですが、それはさすがに……」


 フィクサーはどこか納得し、デュランを見て感心するように頷くと、今度は情報を提供してくれると口にした。

 だがデュランにとってみれば、それすらも危険が潜む罠ではないかと警戒し、断ろうとする。


「おや? 情報提供まで駄目なのかい? これは困ったことになった。あのルイスが近々、自らの資産を使って国から合法的に承認され、誰も知るであろう金融業……言ってしまえば『銀行』を設立するという情報もあったのだが、何の役に立てず残念な限りだよ」

「っ!? ルイスが……銀行を……」


 フィクサーはわざとらしく残念がりながらも、ルイスに関する重要な情報を口にした。

 デュランはその話を聞き、驚きと動揺を隠し切れなかった。


「やはり君はまだ・・この話は知らなかったようだね? ま、無理もないことだよ。認可を受けるまでは絶対に表に出せない話だしね。くくくっ」

「…………」


 フィクサーはそのデュランの驚いた表情が見たかったと言わんばかりに、笑みを浮かべている。

 そんなどこか子供のような表情の彼を尻目にデュランは押し黙ってしまう。


 なんせルイス率いるオッペンハイム商会では、個人や企業への金を貸し付けていたことやそれが暴利を貪る利益の源であり、彼にとってみれば重要な資金源でもあることをデュランは知っていたのだ。


 だがしかし、それらも国からの認可を得ない非公式な個人の金貸し業にすぎなかったのである。


 それが国の認可を得てして、庶民から疎まれるただの金貸しから銀行業へとなってしまえば、それは国が、またこの国に住む庶民がルイスのことを認めたことになる。

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