第231話 贖罪
「ふむ……どうやら私のことをまだ信用できないようだね。ま、尤もそれも致し方のないことだろうがね」
「あっ、いえ。そんなことは決して……」
デュランの沈黙が懸念または否定であると思ったのか、はたまたデュランの顔に出てしまっていたのか、フィクサーがそんな言葉を口にするとデュランは言いづらそうにしていた。
だがフィクサーは特に怒った風でもなく、むしろ何かを納得するよう頷いていた。
「信頼のおける人間以外は信用しないというのも、この厳しい世の中を生き残るにはむしろ必然だからね。ましてや降って湧いたような
「あっ、すみません。助けてくれたのに、そのなんていうか、疑うような真似をしてしまって……」
「いや、謝らないでくれたまえ。君は何も悪いことはしていない。むしろ私のほうこそ、あまりに唐突だったと自分でも反省したいくらいだよ」
デュランは命の恩人である彼の機嫌を損ねてしまったかと、頭を謝罪する。
フィクサーもそんな彼の姿をして自らの言動を鑑みると、こんな言葉を口にする。
「君はルイスとこの私が裏で繋がっている……本当のところはそう思っていたのだろ?」
「っっ!?」
まさか本人から直接そう言われてしまうとは思ってもみなかったデュランは、激しく心を乱してしまう。
だがそれは本当のことだったので、否定することもまた肯定することもできずにいた。
そんなデュランを尻目にフィクサーは更なる衝撃的な言葉を口にする。
「そうだ、君が懸念しているとおり、私とルイスとは繋がっている」
「っ!? そう……なんですね。やっぱり……」
デュランの予想は彼のその言葉により、確実なものとなった。
(確かにこの人の言うとおり、俺は懸念も疑いも持っていた。けれども、まさかこの場でそれを肯定されてしまうとはあまりにも予想外だ。ならば、何故そんなことをわざわざ口にして俺に教える必要があるんだ?)
だがそれと同時に、それなら何故自分にその手の内を知らせるのかと疑問を抱いてしまう。
通常であれば、相手を欺き隠し通すもの。でなければ相手に対して余計な警戒をされてしまい、都合が悪くなる。それでも手の内を晒したのには、更なる思惑があるのだとデュランは考えていた。
「君にとっては少々昔話になってしまうのだが、聞いてくれるかな?」
「(コクリッ)」
そのようにフィクサーが断りを入れるとデュランも頷き、彼が語りだした。
聞けばフィクサーは、ルイスの父親であるロス・オッペンハイムの時代からお互いに懇意にしていた仲だと言う。
もちろんそこには両者の思惑があり、それが合致したので互いに手を組んだとのこと。
元々街にある小さな肉屋だったオッペンハイムの家にフィクサーは多額の資金を融資して、石買い屋を始めさせたのである。
表向きは祖父の時代から続いていた肉屋を売却して資金を集めたように見せかけてはいたが、そんなものでは小さいとはいえ石買い屋など買えるわけがなかったのだ。
また当然のことながら、彼らには鉱石に関する専門的知識もコネも権力も持ち合わせていなかった。
当時の石買い屋は現在と同じく自分達の利権を守るため、そして新たな新参者を拒む業界でもあったため事は上手く運ばなかったのだという。
そこでフィクサーは彼らにこれからの時代は情報を武器にするようにとのアドバイスをした。
彼は石買い屋などの商業関連の顔役だけに留まらず、軍にまで顔が利いていた。
そのため、自国をはじめとした他国との情勢までも逸早く知ることができる立場にあるので、彼らにそれを情報として提供したらしい。
もちろんその後はデュランも知っての通り、戦時中での株式における取引での大儲けによって、彼らのオッペンハイムという名を広めることになるのは言うまでもない。
それから次々にその豊富な資金とフィクサーから齎される情報を生かし、オッペンハイム商会はついに業界のトップにまで上り詰めたのだった。
株式や物資不足を利用した商いも、そのすべては今デュランの目の前に居る人物のアドバイスあってこその成功だったと言える。
言い換えれば、彼こそが今のオッペンハイム商会に力を与えたと言って相違ない。
「ま、そのおかげもあってなのか、彼らは自身の力というものをあまりにも過信してしまっている。そしてロスが病で倒れ死去した後、つまりルイスの代へと移り代わってからはそれが如実に現れてしまった。デュラン君も知ってのとおり、これが今現在この国の在り様なのだよ。この国が腐敗してしまったのは、私の責任でもあるのだ。だから国に……いや、この国へ住まう人々に対する罪滅ぼしと言ってしまえば聞こえが良いかもしれないが、私に協力してくれないか?」
「…………」
あまりにも唐突な話を聞かされ、デュランは言葉を失ってしまった。
けれどもフィクサーは自分より明らかに身分がの低く、また一回りも二回りも年下であるデュランに対して頭を下げてまで頼み込んでいたのだ。
彼の話をすべて鵜呑みにして申し出を了承するにしても、まだいくつかの懸念とも言うべきか、疑問が残っていたのである。
そしてデュランは思い切って、彼に直接それを問い質すことにした。
「あの……聞いても良ければなんですが……」
「なんだね? 私に答えられることであれば、今この場で何でも言ってみてくれたまえ!」
そんなデュランの真剣な眼差しと言葉を受け、フィクサーは真摯に受け答えようと顔を上げ彼の瞳を見つめる。
そこには決意の眼差しとともに、デュランに期待を込めているようでもあった。
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