第230話 提案
「(ぼそり)だが……それでも……」
「うん?」
唐突に顔を伏せ俯いていたデュランがポツリと小声で呟いた。
その声は絶望とも怒りとも感じ取れぬ無垢なる声であり、フィクサーは次に彼が何を口にするのか分からなかった。
「俺のことを助けたくれたことだけは事実です。ですから、そこにどんな思惑や考えがあろうとも感謝しています」
「……ふっ。そうかね……なんだか改めて君にそう言われてしまうと、不思議な気恥ずかしさを感じてしまうね」
デュランが改めて感謝の言葉を口にすると、フィクサーは少し戸惑った様子だった。
だがそれも無理のないことである。真実をデュランが知った今、怒りや憤りを彼に対して感じることはあっても感謝しようとは普通の人間ならば思わない。
(やはり報告にあったとおり、彼はとても興味深い。それに何が自分にとって有利となるか、先の先までを常に考えた言動を取っている。こんな彼ならば、ふさわしいかもしれないな)
フィクサーはどこか納得する形で頷いてみせ、彼に向かってこんな言葉を口にする。
「はぁーっ。負けたよ、君には。私の負けだ降参だ。試すようなことをしてすまなかったねデュラン君」
「えっ? えっ?」
どこか諦めたような軽い調子の言葉でフィクサーがお手上げだと言わんばかりに、降伏の意味合いである両手を軽く上げる。
デュランは一体何を言われているのか、訳も分からず先程の彼と同じくただ戸惑うだけであった。
「先程私が口にしたことは、半分は自分の本音だった。そうだ、君の言うとおり……私は私なりの思惑があって君のことを助けたのだ。それも君に多大な恩を感じさせる目的もあったが、実はそれだけではない」
フィクサーは先程の態度とは一変して、自らの言葉でそう説明していった。
「目的……ですか?」
「ああ、そうだ。私は君にこの国をより良くして欲しいのだ。君もこの国における腐敗や理不尽さを、その身を持って味わってきたんじゃないか?」
「えぇ、まぁそれは……はい」
デュランは何を言いたいのか未だにその判断がつかないため、肯定とも否定とも取れる曖昧な返事を返すだけに留まる。
「君自身、この国がこうなってしまった理由を如何に考えている?」
「理由ですか? そうですね……身分制度も然ることながら、資本主義……それに権力あるものが弱き者を食い物にしている。それはこの世の理なのでしょうけれども、誰もそれを止める者がいない。だから負の感情というか、それが巡り巡ってこの国を悪くしている。庶民は庶民で今日食べるものにも困っている地獄から、抜け出すことが出来ずにいる……。貧困も身分制度、そして資本主義や司法などの権力そのすべてにおいて悪循環に見舞われてしまっているのだと思います」
デュランは彼に問われるがまま、思いつく限り言葉を口にしていった。
結局のところ、一つの国とは資本主義や法治国家のような、たった一つだけで言い表せるものではなく、すべてがすべて目に見えない鎖のようなもので繋がれている。
先にデュランが口にしたとおり、社会経済や政治的問題、また身分格差などが複雑に絡み合い、一つの国として
ここでもし逆を言うならば、その悪循環を断ち切るには、一つの物事を是正するだけで飛躍的に改善できるとも取れるわけだ。
だがそれこそ何にも増して難しいというか、ほぼほぼ不可能なことであるのはデュランでさえ理解していた。理解はしていたが、権力も金も十二分でない自分ではそれらに立ち向かう力が圧倒的に足りなかった。
「ふむ。力……か。なるほど……では、それを私が与えると言ったら、どうだね? それらに対して立ち向かうことができるかね?」
「えっ!? あ、貴方が……ですか?」
「ああ、そうだとも。何も私は伊達や酔狂で、こんなことを口にしているわけではないのだよ。さすがにこの私でさえも、自分の欲を満たすため人を騙すようなことはしないし、またそれをする意味もない」
「は、はぁ」
いきなりの申し出にデュランは戸惑いを隠せずにいた。
確かに未だデュランの資産はルイス率いるオッペンハイム商会でさえ見比べてしまえば極僅かなものであり、権力や人脈にしても対抗するには程遠いものだったのだ。
自ら力を貯えるのにも限界があるし、またそれに要する時間も並みではない。そんなところへルイスよりも遥かに上の人間が助力してくれるというのは、デュランにとっても願ってもいなかった申し出である。
それでもどこまで彼の話が本当なのか、またルイスとの繋がりがあるため懸念を拭えずにいた。
だがそれでも目の前の人物が、本気でこの国を良くしようとしているのは理解できた。
それは彼の目を見て『そうである』との確信を持つことができる。
人は嘘をつくとき、必ず体のどこかに心の揺らぎのようなものが表れる。
特にそれは瞳……相手の目を見つめることで口にしていることが嘘か真実か、判断することが出来る。
(今この人が口にしたこと、そのすべて嘘はついていないように俺には見える。本気でこの国を良くしようと思っているんだろうな。だがしかし……)
デュランは未だ懸念を示し、容易に彼の言葉に頷くことはできなかった。
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