第229話 暇(いとま)

(貴人と言ってしまえば、その一言で事足りてしまうことだろうな。でもまさか、そんな理由で助けられてしまったとはな)


 デュランはフィクサーが普通の人間ではないと思ってはいたが、それでもどこか常識ある人間だと勝手に思いこんでいた。

 先程彼が口に言葉は、普通の人間からはまず発せられることはないものである。


 余りあるほどの財産や権力を持つ貴族や王族達が、日々退屈な毎日を送っていることはデュランでさえも知っていた事実。


 それを紛らわせるため男達は定期的に狩りに赴いたり仕事に専念したり、またそんな彼らの妻も夫と同じく自宅でパーティなどの何かしらの余興や催しを行うものである。そうして日々の退屈を凌ぐのが、彼らの日常でもあった。


 目の前の人物も、その一つとして処刑の場へと赴きデュランのことを助けたのだという。

 だがそこで、デュランは彼の言葉や行動にいくつもの引っ掛かりを覚えていたのである。


「君は話に聞いていた以上に表情が豊かなのだね。こうして言葉を口にして眺めているだけでも、とても興味深いよ」

「そう言ってもらえると、光栄ですね」

「ほぉ」


 自分の動揺から出でる表情でさえも、彼のことを楽しませていると知ったデュランは、そこでようやく冷静な気持ちを取り戻すことができた。

 当然、そのことはフィクサーでさえも十分理解しているようでもあった。


「先程貴方は、昨日私を助けたのは暇つぶしだと仰った。ですが、それだけがすべての理由ではないのでは?」

「……どうしてそう思ったのかね?」


 デュランが思い考えていたことを口にすると、そこで初めてフィクサーの顔から笑みが消え去ってしまった。


(…………当たりか)


 デュランはフィクサーの一瞬の間を見逃さなかった。


 そしてその行動により、そうであるとの確信を得られたのである。さすがに一度口にしたことを取り消すわけにも誤魔化すわけにもいかず、思ったことを直接彼に言ってみることにした。


「もし暇つぶしや余興の類ならば、わざわざ私のことを事前に調べ上げる必要性はない。もちろんそこには俺を助けるためという正当性を主張する必要もあるでしょうが、それでも単なる暇つぶしの域を超えている。ならば、そうまでする理由がある……そう考えました。それにまたあのときルイスが言っていたように、間を取り持つはずの顔役フィクサーが法的解釈を捻じ曲げてまで、この話に関与してくるのはあまりにも大げさすぎるというもの。であれば、他にも理由がないと説明がつきません」

「…………」


 デュランが理論立てて、彼がこれまで口にしてきた言葉の矛盾を紐解いていく。


 彼は無言のまま目を瞑り、デュランの言葉に聞き入っている。その顔はどこか、澄ましているようにもデュランの目には映ってしまう。


 そんな彼の沈黙が肯定とも否定とも思えないが、それでもデュランは言葉を続ける。


「そして決定的だったのは、死刑が執行される直前に貴方が止めに入ったということです。もちろんあの場こそが絶好のタイミングと言えるでしょうが、それでも俺のことを事前に知っていた・・・・・・・・ならば、何もあのタイミングでなくとも裁判や牢に投獄されているときなど救える機会はいくらでもあったはず。それなのにそうしたということは……」

「……おや、どうかしたのかな? 話を続けないのかい?」

「…………」


 デュランはそこで唐突にも口を閉ざしてしまう。

 それ以上、自ら言葉を口にするのが憚れると思っていたのだろう。


 だがしかし、それでもフィクサーは愉快そうに続きを促してくる。

 デュランがそんな安い挑発に乗らないと判ると、彼が代わりとしてこんな言葉を口にする。


「その話の続きは、君を国の英雄へと祭り上げる必要があった……こうだろ?」

「ん、んぅっ」

「くくくっ。やはり君は頭が回るらしいね。それとも謙虚……いや、この場合は奥ゆかしいと言ったほうがいいのかな?」


 フィクサーがそう口にすると、デュランはなんとも言えないと言った表情を浮かべながら息を飲み、そこで初めて彼から視線を逸らした。

 それすらも好意的だと言わんばかりにフィクサーは笑みを浮かべていた。そしてこんな言葉を口にする。


「ああ、そうとも。君の推測は当たりだよ。大当たりだ。確かに私は君をいつでも助け出せたというにも関わらず、機会を窺がい絶好のタイミングで君のことを助け出した。もちろん君が口にしたとおり、国の英雄として演出させるためにね。だがね……そうする理由はこの私にはあったのかな?」

「っっ」


 デュランは再び言葉を詰まらせてしまう。

 フィクサーはデュランの言葉を肯定して見せたが、それでも彼がそうしなければいけないという核心には到っていなかったのである。


 だがそれこそが彼が思惑であり本心であり、最初に口にしたことだった。


「先程も言ったはずだが……私が君を助けたのは単なる暇つぶしだと。そこには君が持ち合わせているであろう、金や権力などを欲してはいないのだよ。もちろんそれは人が口にして追い求める利権や人脈など、それらすべてを含めてという意味でも。そもそも論になるのだが、そんなものを追い求めたところで何も面白くはない。私にとってみれば、つまらない以外のナニモノでもないのさ」


 フィクサーは本心からデュランを助け出したことが単なる余興や自らの暇つぶしのためだと、改めて口にのだった。

 デュランには彼の言葉が真の心から出でる思いであり、本当に自分は彼のいとまを満たすため生かされたことを知ることになった。


「…………」


 デュランは顔を伏せてしまい、悔しいとも腹立たしいとも思える感情が心を支配し始めていた。


 だがそこで、それこそが彼に対する欲や利益であるとも考えていたのである。


 そもそも人が口にする欲や利益とは、何も目に見える形のものだけがすべてではない。

 自身の知的好奇心を満たすことや時間を費やすことですら、有り体に言えば人の欲や利益であるとも言えるわけだ。


 彼の場合、それが自らの時間を無駄に費やすという暇つぶしに他ならなかっただけのこと。

 ならば、それをデュランが咎める理由も、また心を乱して憤る理由もなかったのである。

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