第228話 理由付け

(その笑み……何か理由があって俺のことを助けたという意味だろうな。ルイスとも顔見知りのようだったし、そこに何かしら意図があるんじゃないのか? なら、どうせその本人が目の前に居るんだから手っ取り早く聞いたほうが得策だよな)


 デュランは目の前に居る人物が自分へと差し向けてくる笑顔を見つめ、自分を助けた理由やルイスとの繋がりについて考えを巡らせる。

 だが、それも自己完結の域を脱せずに無意味なことだと知ると、直接彼に聞いてみることにした。


「あの……貴方が俺を助けた理由はなんですか? それにはルイスとも関わりがあるんじゃないですか?」

「ふふっ……ははははっ。そうか、そうきたか。なるほど……実に面白い男だな君は。通常の人間ならば、そのようなことをこの私に面と向かって口に出来るものではないからね。まさか、直接聞いてくるとは……くくくっ」


 フィクサーはデュランの問いかけすらも愉快なこと、この上ないと笑っていた。


(もしかして、俺は判断を誤ってしまったんじゃないのか……)


 デュランは直接彼に聞いてしまったこと、その自分の判断を一瞬間違いであったと思ってしまう。


 フィクサーがルイスをも言葉一つで従わせるほどの権力の持ち主であることは明白である。

 もしかすると彼はルイスを遥かに凌ぐ財産の持ち主か、あるいは名の知れた貴族または王族に近しい身分ではないか。そうすれば今自分が聞いてしまったことは失礼に値するかもしれない……などとデュランは考えていた。


「ふむ。もしよければ、座って話さないかね? そろそろこうして立っているのが辛くなってきてしまったからね」

「あっすみません。何の気遣いもできなくて!」


 フィクサーからそう言われて初めて、デュランは自分達が今の今まで店の入り口で立ち話をしていたことに気づいた。

 さすがに目上の人それも身分が高そうな相手で、しかも足が不自由な人をずっと立たせて置いてみれば、それは失礼以外の何物でもなかった。


 デュランは急ぎ二階にある自分の部屋へと彼を招こうとするが、彼はこの場で良いと近くにあったレストラン来客用の椅子へと座ってしまう。


「あの……本当にここで良かったんですか? 何なら二階でも……」

「ああ、構わないとも。それともお客さんが来ると迷惑になってしまうかな?」

「いえ、迷惑だなんてそんなこと……。それにまだ客が来るのには、少し早いですしね。あっ……」

「ん? 何かあったのかね?」

「あ、ああ……いえ、別になにも……」


 デュランはそう口にしながらも彼の右足が不自由のため、そもそも二階にある部屋へと上がるのが困難ではないかと遅れて気が付いたのだ。

 さすがに直接そのことを口にするのは憚れるので、どうにか誤魔化す。


 もしかすると彼自身もそのことを口にしたくないからと、デュランが招くよりも先に近くにあった椅子へと座ったのかもしれない。


「さて、先程君がした質問だがね……」


 話の仕切り直しとばかりにフィクサーは改めてデュランが彼にぶつけた質問に答えようとする。


「昨日、フィクサーであるこの私が君を助けた理由……それはなんだと思うかね?」

「えっ? え~っと……うーん」


 デュランもまさかここで、自分を助けた理由を逆に尋ねられるとは夢にも思わなかった。

 そのため言葉を詰まらせてしまい、腕を組みながら必死に何なのかと考える。


(この人が俺を助けた理由……か。金? 財産? 利権? ……いや、そんなものではないはずだ。目の前の人物は既にそのすべてを手にしているだろうし、第一そんなものは俺が死んでから奪い取ったほうが効率が良いはずだ。ならば……ルイス? だが、奴と結びつけるものは金と権力くらいしかない。となると……)


 堂々巡りをしながら長考の後、デュランは徐にこんな言葉を口にする。 


「…………人を育てる……とか? もしくはこの国の腐敗を取り除く……あとは……」

「なるほど……君は私からの少ない情報を振り返り、必要なものだけを選び抜いたわけか」

「えぇ、まぁ……」


 デュランが途切れ途切れに思いつく限りの言葉を口にすると、彼は何かを考えるようにそう口にした。


 実際デュランが彼に対する情報は極僅かなものであり、強いて上げるとすれば助けられた時に自分へと投げかけられた言葉である、【断罪者デュラハン】くらいなものだった。

 ルイス達のような権力を持つ者達を断罪し、より良い国へと導く……そのために自分のことを助けたのではないかという考えが、デュランが一番初めに思いついたことだった。


 けれどもそれも彼の言葉や反応から察するに、違っていると嫌でも気づいてしまう。

 それが顔にも出てしまっていたのか、フィクサーはこう答えを囁いてみせる。


「……単なる暇つぶしだよ」

「っっ」


 その言葉を聞いた瞬間、デュランは何か恐ろしいものに体ごと束縛されてしまったかのようにも感じてしまった。

 それはフィクサーの感情が一切込められていない言葉はもちろんのこと、その言葉が持つ意味までも一瞬で十二分に理解できてしまえたからである。


 彼がデュランのことを助けた本当の理由……それは彼の暇つぶしや退屈しのぎに他ならなかったのだ。


 まさか自らの運命がそのような理由無き理由また意味を成しえないもので救われたのだと思うと、デュランでさえも驚きを隠せなかった。

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