第227話 まやかしの笑み

「未だこの国は力なき民に無慈悲だ。それは何も地位や財産の話に限った話ではない。体のどこかに普通とは違う異常があるというだけでも、奇異な目で見られることもある。人を自分の価値観のみで推し量るということだろうな。君はそんなもの愚かしい行為だとは思わないかい?」


 フィクサーは自らの足を皮切りに、この時代また国において、体が不自由であることで差別が生まれていると口にした。

 そして意見を聞くという形で、デュランへと問いかけたのである。


「そうですね……私も人の価値とはそうではないとも思ってます」

「ほう……というと?」


 デュランがそう口にすると、どこか興味深いとフィクサーが言葉の続きを促す。


「確かに身分や持っている財産によって、生活の水準は著しく異なっています。ですが、それだけで人を……その人自身の価値を推し量るのは危険でしょうね」

「では、君はいかにして人の価値を推し量るというのかね?」

「えぇ、そもそも人の価値を推し量る意味が無いと思ってます」

「……それはどういった意味合いだろうか?」


 デュランのその言葉に対して、初めてフィクサーが感情を表した表情を見せる。

 まさか自分の言葉、そのすべてを彼に否定されるとは思っていなかったのかもしれない。それに気づいたデュランは慌てて、こんな言葉を口にする。


「ああ、別に貴方の考えを否定するわけではありません。ですが、人が他人の価値を推し量る意味はあるのでしょうか? 仮に善人であろうが悪人であろうが、常にそうであるわけではない。その時々の置かれた状況や環境により、善にも悪にも成り得ることができる……それこそが人なのではないでしょうか?」

「確かに君の言うとおり、人を一口に言い表すということは困難だろうね」

「それにもし人の価値というものがあるならば、その人が窮地に立たされたときにこそ、初めて自分自身で己の価値というものを理解できるものではないでしょうか?」


 デュランはそう口にしながらも、昨日の自分の姿を重ねとを置き言葉にしていたのである。


 いくら日常的に良い評価を受けている人間だろうとも、窮地へと追い込まれた際……それこそ死ぬか生きるかの瀬戸際にこそ、その人自身に対する真の価値というものが理解できるではないか、というのがデュランの考え方だった。

 

 善人が常に良いことばかりをするわけではない。

 時には悪いことをしてしまうかもしれない。自分の命がかかった状況ならば、誰しも一度は他人を犠牲にしてでも……と思い悩み、躊躇するかもしれない。


 そこにはデュラン自身が抱える矛盾があったことを、彼はまだ気づいていなかったのだった。

 それは次のフィクサーの言葉で思い知らされることになってしまう。


「仮に君の言葉を借りるならば、昨日の君はまさに窮地へと立たされた。それこそ死ぬかもしれない状況だ。なのに君の周りの人間は誰も助けにこなかった……。だとすると、先程の言葉とは矛盾していないかな? それとも君は助ける価値の無い人間だと、周りの人間からは思われていたことにもならないかね?」


 フィクサーはデュランの言葉に潜む矛盾を突き、彼のことを追い込もうとしていた。

 そんな彼の辛辣すぎるほどの言葉とは裏腹に、デュランは余裕の笑みでこのように答える。


「ふふっ。だからこそ、ですよ。人の運命なんてものは、誰にも分からない。それこそ窮地に陥り助けが入るかも……ですが、俺はこうして生きています。貴方のおかげ・・・・・・で、ね」

「むっ。んーっ……ははっ。どうやらこれは一本取られてしまったようだな」


 デュランがそう、フィクサーのおかげで失うはずだった命を繋ぎ止めることができたのである。

 まさしくそれは彼が口にする、人の価値というものに他ならなかった。


 そしてムッとした表情から一点、どこか納得する形で溜め息を吐くと、自らの負けを認める。

 フィクサーはデュランのことを理論的に追い込むつもりが逆に軽くあしらわれてしまったのだが、そのことに対して腹を立てるどころか、むしろ感心するように納得して頷いて見せたのである。そしてこうも言葉を続ける。


「確かに昨日、私は君のことを助けた。またそれだけの価値があるから、そうしたのだが……。そうか、私も君という人間の価値を推し量る一端を担ってしまったのだったな」


 その言葉はまるで彼だけが俗世から切り離された存在とも言える傍観者のようでもあり、デュランは少しだけ違和感を覚えてしまう。


 尤もそれも彼の存在を位置づける顔役フィクサーともなれば、致し方の無いことなのかもしれない。 

 フィクサーとは、顔役という意味のほかにも間に入る者という意味合いや顔と顔を繋ぎとめる者。つまり他者の間へと取り入ることで、両者の関係性を繋ぐ役割を担っている者の総称である。


 そのため、どちらか一方に肩入れをしたり、昨日デュランのことを助けに入ったときのようなことなど、自ら進んで物事に介入することはまずありえないことなのだ。

 そうしなければ、対外的な均衡の立場を保てずに誰も彼をフィクサーと呼ばなくなることに繋がる。


 だがそれも『表向き』という言葉が付属することになる。

 彼が神ならぬ人である限り、中立ニュートラルという言葉はまやかし・・・・に他ならない。


 何故ならそこには人としての感情や自己の利益などの思惑が絡み、どちらか一方へと偏るからである。


「ふふっ」


 そう……今デュランの目の前で不敵な笑みを浮かべている彼のように……。

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