第225話 幸福を得た者の姿と得られなかった者の後ろ姿

「こ、こほんっ。そ、それよりもネリネ。その抱き抱えている子供は、もしかして俺の子なのか?」


 デュランはわざとらしくも咳払いを一つしてから冷静さを装うように、ネリネが抱えている赤ん坊へとようやく目を向ける。


「はい。もちろんですわ♪」


 ネリネもどこか嬉しそうに頷き、微笑んだ。


「そうか……生まれてきたのは双子だったんだな」

「えぇ、えぇ。ちゃんと顔をご覧になってくださいませ。デュラン様に似た利発そうな男の子と可愛らしい女の子ですよ♪」

「ああ、そうだな……。それに子供が元気に生まれてくれて何よりだ。俺は……父親になったんだな」


 ネリネからそう赤ん坊を差し出されると、デュランはそのふっくらと柔らかな頬へと手を当て、自分の子供であることを確かめるのだった。

 触れた手の平から柔らかさと温かさが伝わり、デュランの胸を熱くさせ目を潤ませてしまう。


「こほんっ! 二人とも、な~んか良い雰囲気のところ邪魔して悪いけどさ、ボクがその子達の母親だってこと忘れてない?」

「「あっ」」


 それまで二人の傍らで様子を見守り我慢していたリサだったが、デュランとネリネとの間を裂く形で、そのように声をかける。デュランとネリネにしても、何故か自分達がその赤ん坊の両親のように振る舞ってしまっていたことにようやく気がついた。

 もちろんデュランは子供達の父親であるのだが、それでも妻ではない女性とまるで両親のような会話をしていたことに気恥ずかしさを覚えてしまう。


「す、すまなかったなネリネ。その場の雰囲気というか、その……まだお前は未婚だというのに、二人の子供の母親のように扱ってしまった。本当にすまないことをしてしまった。それにまるで俺の妻のようにまで振る舞ってしまったな」

「いえいえ、わ、私のほうこそ、将来母親になれたときの予行演習になりましたというか……デュラン様との子ならば……いいいい、いつでも待っております」

「そ、それってネリネ……」

「は、はいっっ(照)」


 デュランとネリネは未だ恥ずかしげもなく、二人だけの世界を作り上げていた。

 ネリネが今口にしてしまったこと……それはデュランの子が自分も欲しいと強請ったのである。引っ込み思案で普段は自分の感情を見せようとしないネリネにとっては、勇気ある行動だったにちがいなかった。


 だがしかし、当然そんな二人を目の当たりにして黙っているはずがない女性が傍に居たのをデュラン達は忘れていたのだった。


「お兄さんっ!! ネリネっ!!」

「「は、はいっ!?」」

「だからなんでボクをそっちのけにしちゃうのさっ!! ほら、ネリネもっ!」

「あっ……」


 ネリネが抱いている二人の赤ん坊が原因だと言わんばかりに二人に嫉妬してしまったリサは、彼女に渡したときと同じくやや強引にも自分の子を受け取り抱き締めた。

 ネリネは少し残念そうな表情と声を漏らし、失いつつある胸の中に残った温もりを名残り惜しむ。


「お兄さんっ!! ボクがこの子達の母親なんだからねっ!!」

「あ、ああ……。う、うむ。リサ……すまなかったな。それとありがとう」

「あっ……う、うん。わ、わかればいいんだよ」


 子供を二人も抱き締めている手前、彼女ごと抱き締めることはできなかったが、それでもデュランは嫉妬するリサを宥める形で彼女の頭をそっと撫で、自分の子供を生んでくれた愛する妻のことを労いの言葉をかける。

 リサは気恥ずかしそうとも嬉しそうとも、そんな顔をしてしまっていた。そんな彼女がどこか子供っぽいと感じるが、それでもデュランにとっては愛する妻であり、子供達二人の母親なのである。


「その……リサ、俺も抱いていいか?」

「うにゃっ? にゃはははっ。変なの。お兄さんはこの子達の父親なんだよ、なんでイチイチそんなこと聞いているのさ? いいに決まってるでしょ」

「そ、そうだよな……なんでだろうな? まだ父親としての実感が持てないからかもしれないな」

「はい。どうぞ……あっ、まだ首が据わっていないから、頭の後ろからゆっくりと抱き留めてね。じゃないと、頭の重みで落としちゃうかもしれないからね。慎重に慎重に……そっと……ね」

「わ、分かった。優しくだな」


 リサが抱き締めている双子の子供達は、この騒ぎでも健やかそうに眠りについていた。

 デュランはリサに断りを入れ、自分の子を抱いてもいいのかと聞いてしまう。自分が父親であるにも関わらずそんなことを聞くこと自体、変であると彼女から言われてしまった。確かに言われてみればそうだな……と改めて思いつつ、デュランは言われたとおり、優しく受け取り抱き留めてみる。


「あっ……はははっ」

「ふふっ。とっっても良いでしょ~。何だか抱き締めてるだけで幸せだって感じちゃって、笑顔になれる。それに柔らかくて温かくて、この子達を守るためなら何でもできる……そう思っちゃうよね」

「ああ、ああっ!! ほんと……そう思うよ……っ」

「お兄さん……泣いてるの?」


 デュランはリサの左の胸に抱き留めていた子供を一人受け取り、抱いてみる。すると何故か自然と笑みが零れてしまったのだ。

 そんな彼を見たリサは自分も同じように感じたとのだと口にしながら、そっと彼の頬を流れる涙を指で拭ってくれる。


「嬉しいから……な。ぐすっ」

「お兄さん……うん。そうだよね、嬉しいよね……」


 デュランは初めて子の父親となれたこと、そして今こうして生きているからこそ、子供を抱くことが出来るのだと思うと、何故か涙が溢れ出していたのである。


 それは悲しみの心からではなく、むしろ今を生きていることに感謝し、そして今抱いている子供の感触を生きてこの瞬間味わえることに感動を覚えてのものだった。リサはそっと彼の元へと寄り添い、彼の胸へ頭を押し当てながら甘える。


 傍目から見ても、それはとても幸せな家族としてある本来の姿であった。


「俺、俺……なんか感動しちまったぞっ!!」

「わ、私もっ! おめでとうっ!!」

「あの生意気な判事をやっつけたんだっ! アンタは真の男だぜっ!!」


 パチ、パチ、パチパチパチパチ……。

 所々からそのような声が上がった途端、それに感化される形で周りに集まっている人々もそんな彼らの姿を見守りながら、新しい家族の誕生を歓迎するかのように盛大な拍手を送るのだった。


 それが次第に連鎖的な広がりを見せ、デュラン達を中心として幸せの輪に繋がっていくようでもあった。


「デュランっ!」

「お兄様っ!!」

「アルフ……それにルイン!?」


 そして声かけのタイミングを見計らっていたのか、未だ拍手がデュラン達を中心として降り注ぐ中、アルフとルインも駆け寄って来てくれたのだ。


「やっぱりデュランはすげえぇぇぜっ!! 死刑だってのに、生き残っちまったんだからなあぁっ!!」

「うわっぷ。あ、アルフぅっ!? あんまり髪を引っ張るんじゃない! 俺はまだ子供を抱いているんだぞ!!」

「良かったですわねお兄様っ……で・す・が・っ! リサさんの次はこの私ですのよ! そこのところ、しっかりとネリネさんも分かって欲しいと言いましょうか、私もお兄様との子供をごにょごにょ……。と、とにかくっ! わ、分かってますのネリネさんっ!」

「は、はいぃっ!? わ、私……ですか? 私はそのぉ~、たとえ三番目でも……め、妾でも……ぅぅっ(照)」


 アルフは嬉しさのあまりデュランを揉みくちゃにしながら、そしてルインも嬉しさと同時にネリネに対して嫉妬深い言葉を口にしている。

 突如そんなことを言われてしまったネリネは戸惑いつつも、顔を赤くして頷いて見せていた。


 デュランはアルフ共々ルインも諌めようかと思ったが、それも自分が生きていたからこそ、味わえるものだとデュランは甘んじてそのまま受けることにした。



「…………ふふっ。良かったわねデュラン、幸せになれて……。これでようやく私も貴方のことを忘れることができそうよ。きっと……ね」


 そんな中、ただ一人の女性だけがデュラン達に背を向け微笑んでいた。

 そしてもう自分の用は済んだと、人ゴミをかき分け消えていく。


 デュランはその背中を目で追い、こう心の中で彼女の名を呟いてしまう。


(……マーガレット)


 デュランはその場から彼女の姿が見えなくなるまで視線だけで彼女のことを追い続けるが、その後ろ姿はどこか物悲しそうにも見えるのだった。

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