第224話 祝福の眼差し

 デュランの処刑を公の場で強行しようとしたことで、かえってデュランは助けられたのである。

 尤もそれもデュランの罪は最初からルイスを含む判事達により、でっち上げられ罠に嵌められていたにすぎなかった。


 それにまた先程フィクサーが民衆へとデュランの無実を叫び伝えた言葉の中には、確かな矛盾が生じていたのである。

 そのことをデュラン自身も重々承知していたが、彼から耳打ちされる形で改めてこう伝えられた。


「(既にあの戦争は数年前に締結されているのだから、そもそも君が恩赦など受けられないのだがね)」

「っ!?」


 そう……罪人が戦地へと赴きその罪を帳消しとなる恩赦という特約は、そもそも戦時中のみなのである。

 既にデュランが赴き戦った、あの東西戦争から既に数年の月日が経ち過ぎていたのだ。


 だからその後、いくら軍に在籍していようとも罪を重ねれば、そのまま国の法が適応されてしまうことになる。

 あの時あの場でデュランもそのことに気がついてはいたが、自らの生死が関わっていることなので、敢えて口を挟むことはなかったのである。


 けれどもそれも、それを大勢の民衆の前で呈した男は最初からそれを承知の上、民衆の意識を扇動した形となる。


 虚偽の事実を流布し、庶民を扇動することは国に対する反逆と見なされる事がある。

 それでもなお、あの場で誰一人として異議を唱えることはできなかった。


 それはあの処刑の場へと集まった大勢の人々が放つ熱気が、そうさせてしまったのかもしれない。


 それこそが彼の狙いでもあり、それに対して恐れを抱くどころか、むしろ嬉々とした態度を取ってもいた。

 デュランは目の前の人物がどうしてそのようなことを自ら進んでしたのか、到底理解することができなかった。それが顔にも出てしまっていたのか、彼は続けてこうデュランの耳元で囁いた。


「(なぁ~に、君を助けたのは単なる好意なのだよ。それ以上でも以下でもない)」

「…………」


 まるでデュランの心を見透かす形で、彼はそんな言葉を口にする。

 それが果たして本当なのか、それとも単にからかわれているだけなのか、デュランには判断がつかなかった。


 こうして晴れて自由の身となったデュランはすぐさま処刑台から下の広場へと降り立つと、愛する妻が居る広場中央付近へと駆け寄った。

 それを咎める兵士も、また判事も既にその場には誰もいなかったのである。


「リサっ!!」

「お兄さ…うわっぷ。く、苦しいぃ~っ。も、もう~っ。みんなが見ているってのにお兄さんってば、ちょっとばかし大胆すぎるだよね」

「ふふっ。それだけデュラン様も喜ばしいということですよ、リサさん」


 デュランが自分の元目掛けて走ってくるのが見えたリサは両腕に抱いていた子供をネリネへ託すと、その手厚い過ぎるほどの歓迎ぶりを甘んじてその身で受けながら彼の胸に抱き締められた。

 どうにか隙間から顔を覗かせ、ネリネへそう告げるのだったが、その目からは一筋の光が零れ落ちてしまう。ネリネもそんな彼女に釣られる形で、そっと目元を拭こうとするが生憎と彼女の両手は塞がったままである。


「リサッ、無事かっ! 怪我とかしていないのか!!」

「え、え~っと、ちょ、ちょっとお兄さん。慌てすぎ慌てすぎ。この場合、ボクがお兄さんの体を心配するはずなんだけど……」

「何言ってるんだ! お前、法廷で倒れていただろ? それの心配をしているに決まってるだろうがっ!! それにあの時は助けに行けず……すまなかった。これからはずっと傍に居てやるからなっ!!」


 デュランは久々に愛する妻であるリサの身を案じ、そして法廷の場で彼女が倒れた時にはできなかった分の埋め合わせをするかのようでもあった。

 リサは戸惑いながらも、どこか嬉しそうにしているのだが、それでも困り果てている風でもあり、チラリっとネリネの顔を見ながら助けを求めようと目だけで合図を送る。


「でゅ、デュラン様っ!」

「ネリネ……すまないが何か用があるなら、後にしてくれないか?」

「は、はいっ!」


 ネリネがデュランのことを諌めようと彼の名を呼ぶことでリサに対する抱擁を止めようとするが、真剣な眼差しと声でそれを拒絶されてしまった。

 彼女も今のデュランの気持ちが痛いほど理解できると、何故か頷きそう返事をしてしまう。


「ぅぅっ」


 未だ大勢の人々が集まる広場中央付近であるため、リサは思わず唸り声を上げてしまう。

 それは好奇な目と微笑ましく眼差しを多くの人々から向けられ、そして羞恥の気持ちから来るものであった。


「ぅ~~~っ。うにゃーっ!!」

「……リサ?」

「も、もうお兄さんっっ! ちょ~っとは周りの空気も読もうよっ!! ここっ! ここは広場なんだよ。しかも今はすっっっっごく、人が多いのっ! そこのところ理解しているの?」

「そ、そういえば……そう……だった……な」


 リサのその言葉とともに時間がある程度過ぎ去ったことで、冷静な気持ちを取り戻すことができたデュランはリサを抱き締めたまま思わず周りを見てしまう。


 見れば両手に子供を抱き締めているネリネをはじめとしてアルフやルイン、それに名も知らぬ大勢の人々の目に晒されていたのである。

 そして自分達を中心に人々の目を惹いていた事実と取り戻した冷静さから人々の目の前で恥ずかしいことをしていたのだと、ようやく理解するのだった。

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