第223話 敗北の原因

「そうだ! 今彼が自ら口にしてくれたように殺人以外の罪は戦地へと赴くことで、すべて帳消しと成り得る……。だからこそ農家の長男や貴族の次男などに混じり、それまで罪を犯した罪人達が戦地へと赴き、この国のためにその命を賭して戦ってきたのだ! そうしてもしも・・・そんな彼らが生きて戻れることがあれば、戦地へと赴いたその対価として、殺人などの重罪を除いてそれまでの罪は帳消しとなるっっ!! これこそがこの国の徴兵制度における恩赦おんしゃという特約なのだよっ!!」

「「「わーわー」」」


 そのようにフィクサーが言葉を口にした瞬間、その言葉を待っていたとばかりに民衆は各所で異常なまでの盛り上がりを見せながら歓声を上げた。


「そうだぜっ! 戦争に行けば、みんながみんな英雄なんだぜっっっ!!」

「それに殺人以外の罪が帳消しとなるなら、その方も無罪になって当然ですわよっ! 違うんですのっ!!」


 そしてその中央付近から周りに居る人々を扇動する形で、大声を張り上げている二人の若い男女が居たのである。


 それはデュランもよく知っている二人だった。


「アルフ……それにルイン……」


 そう彼らもデュランのことが心配になり、この場に居合わせていたのであった。

 そして少しでも彼の助けになるべく、彼ら彼女ら主導の元に同調するよう声を上げていてくれたのである。


「ネリネ……そしてリサと俺の子供達……」


 ふとアルフ達よりも、少し後ろへと目を向けてみれば、ネリネと子供を二人抱き抱えているリサの姿が見えたのだった。

 リサはデュランが自分の方へと視線を向けていることを知ると、何か納得する形で頷いて見せた。それは安堵の表情と言うよりも、何かを決意した眼差しであった。


(そうか……リサはこの場で俺が処刑されると思って、来てくれたんだよな。法廷の場でも同じく、最後の最後で引っ繰り返されてしまった。だから絶対に油断しないようにと、俺に対して暗に言ってくれているのだろうな)


 デュランはそのリサの視線の意味を痛いほど理解する。

 ここに到り、デュランは未だハッキリとした自らの言葉で何も語っていなかったのである。


 そして意を決して一歩前へと歩み出し、広場に集まる大勢の人々に向けてこう大きな声で叫んだ。


「私は理不尽な罪を被せられ処刑される身であったが、未だこうして生きているっ!!」

「「「わーわー」」」


 たった一言デュランがそんな言葉を口にすると、それを待ち望んでいたかのように人々も歓喜の声を上げるのだった。

 それは死の淵から生還できた英雄として、また国に尽くす者として、デュランが初めて民衆からその存在を認められた瞬間でもあった。


 人々が英雄を求めるのか、それともこの国が英雄を求めているのか、それは定かではない。

 けれども時として、このように英雄が作り出されることがあるのであった。もしそれを求める者がいるとすれば、それはこの場に集まっている大多数の庶民に他ならないだろう。


 そしてそれらを生み出すもの……それは時代なのかもしれない。


 デュランは意図的に英雄として生み出されることによって、その窮地を脱することができたのは事実であった。例えそれが目の前の人物の意思によるものだったとしても、その事実だけは決して変わることはない。


(もしかすると俺は、とんでもない人物に返せないほど大きな借りを作ってしまったのかもしれないな……。だが、それでこそ俺の人生が面白くなるのかもしれないな……。ふふっ。ようやく窮地を脱したというのに、また新たな窮地へと足を踏み入れることになってしまった。我ながら、これも俺の人生なんだよな? どこまでも波乱に満ち、そして……)


 デュランは新たな窮地へといざなわれていると知りつつも、心のどこかでそれを楽しんでいたのである。


 それから暫らくして間を置き、興奮冷めやらぬ人々を前にしてデュランはふと我に返ってみると、処刑台の上に居たはずのルイスや兵士の姿が今はどこにも見えなくなっていた。

 不思議に思い、グルリっと周囲を見渡してみるが、それでも彼らの姿を見つけることはできなかった。


「ふふっ。ルイス達を探しているのかね? 彼らなら、とっくの昔に逃げ帰ってしまったよ」

「あっ……」


 そう自分を助けてくれたフィクサーが声をかけてきてくれた。

 そこでようやくデュランはルイス達が、この場を鎮めることが出来ずに逃げ出したのだと知った。


 ルイスはフィクサーという予想外だった相手の言葉に屈し、自ら判事として負けを認めた形となってしまった。

 それにあのままデュランの処刑を強行してしまえば、次にギロチン台へと首を乗せられるのは彼の番になっていたかもしれない。


 ここに集まる人々のほとんどが無名低身分とはいえ、庶民の力とはいつの時代においても『数』なのである。

 時としてそれは国の法をも捻じ曲げ、押し通すほどの力を持つ。もしもその流れに抗えば、忽ち命は白日の元に晒されながら無残にも散ることになるだろう。


 もしこれが民衆の目が届かない裁判所内部で行われていれば、デュランは人知れず処刑されていたに違いなかった。

 処刑を見世物として、また裁判所及び判事としての力を庶民に見せつけようと自らの力を誇示しようとした、ルイスの傲慢さこそが敗北の原因だったのかもしれない。

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