第222話 生存競争

 彼は確信的にこの場へと集った人々の意識や心情を誘導し、演出してデュラン達に披露してみせたのである。その瞬間、デュランは目の前の人物が近い将来、自分へと刃を差し向けてくると肌で感じ取ることが出来た。それは思い過ごしなどという曖昧なものではなく、彼の目がそうであると物語っていたのである。


 それはまるで自分に対する挑戦を待ち望んでいるかのようでもあり、デュランはそんな挑戦的な眼差しを向けてくる、彼の鋭くも金色の光を放つ瞳から目を離せなくなっていたのだ。


(遠くない将来、目の前に立っているこの男と戦うことになるだろうな……。何故か不思議とそう思わざるをえない。だが、果たして俺はこの人を超えられるのだろうか?)

 

 そしてデュランは彼と相対する運命にあるのだと、肌で感じ取っていた。


 それはこれまで出会い敵対してきたケインやルイスのそれとは違い、より現実的且つ確実なものであるとも確信していたのである。それと同時にどこか自分と親しみを感じるような、不思議な思いさえ抱くようにもなっていた。


「ふふふっ」

「…………」


 そんなデュランの姿を見て取ったフィクサーは、不敵にも彼の心内を見透かすかのような意味深にも彼だけを見据え微笑みかけてきていた。

 そんな笑みと視線の先に居るデュランは何も答えずに、ただ彼から齎されるものだけを感じ取っていた。


(ああ、そうか。この人は俺と似ている人種なのか。だからまるで亡くなった父さんのような親しみを感じる錯覚を覚えてしまったんだな)


 デュランはそんな彼の微笑みを見て取り、自分と同種の思考を持つ者なのだと、嫌でも理解してしまう。


 それは彼の父親で病の淵に倒れ数年前に亡くなった、フォルト・シュヴァルツと瓜二つだったのである。

 もちろんその容姿や年齢などは違っていてもどこか雰囲気とも言うか、匂い・・が同じであるとデュラン自身は思ってしまったのだった。


 彼の父親も一人息子であるデュランに対して何かと期待と挑戦に満ち溢れた視線を送り、いつも彼に対して無理難題をぶつけてきたのである。

 そして最後に命じられたのが東西戦争へと赴き、自らの名を挙げろというものだった。


(そう……だったな。父さんも同じ・・だった……。ふふっ、今ならその意図が理解できる……俺を思ってそうしてくれたんだよな、父さん?)


 だがそれも自分の成長を願う父の姿であったと、デュランは今頃になってようやく理解することができた。


 この厳しい世の中を貴族として生き残るには、自ら闘争心を燃やし成長し続けるしか道は無い。

 それを意図して父親が無理難題を出すことで、自分自身で考えさせ、そして自らその窮地を脱し、成功をするようにとの親心だったのである。


(何もそんな回りくどいことをしなくても、普通に言葉で言ってくれれば良かったのに。いや……むしろ俺が右往左往しながら苦しむ姿を見て、楽しむ目的も絶対に含んでいたんだよな。ったく、父さんの思惑ってヤツにも呆れちまうよ。ふふっ)


 デュランはそう心の中で父親に苦言を呈してはいたが、それでもその顔はどこか新たな楽しみを得ることができた子供のようでもあった。

 

 苦境へと立たされれば立たされるほど、闘争心が心の奥底から沸き生じ、血肉として、また知識として自分自身とその大切なモノを守る術と成り得る。

 シュヴァルツ家の男達は、そうして自らその苦境へ身を投じることで自分達の血を引く者への成長を意図して、また強制的に促してきたのである。


 それこそが一族の繁栄と存続を促し続けるものだったに違いなかった。


 未だ歓喜の声が地響きの渦のように巻き起こるその最中、それでもルイスは食い下がろうとする。


「だ、だがっ!! いくらデュランが軍に在籍していようが、またその身分に爵位が与えられていようとも国の法は遵守すべきものなはずだっ!!」

「……ルイス、確かに君の言うとおりだ。いくら軍人だろうが、爵位を持つ貴族だろうが国の法から逃れることはできないだろう」

「「「…………」」」


 まるでそれまでの言葉に反して認める形でフィクサーが頷き、ルイスの言葉を肯定してしまった。


 その瞬間、まるで嘘のように観衆の声が消え去ってしまったのだ。

 それはルイスにしてみれば、一矢報いる言葉の刃であると同時に致命的な一言でもあったのだ。


 何故ならそれは……。


「だがしかし、それは間違いだと言える」

「なっ!?」


 それでもなお、フィクサーはルイスのその考え自体間違いであるのだと即座に否定してしまう。


「ルイス、君はこの国における有事の際に用いられる徴兵制度というものを、あまりよくは理解していないみたいだね」

「徴兵……制度……?」

「ああ、そうだとも! 徴兵……即ち、戦地へと赴いてくれる人さ。それくらいは君でも知っているだろ?」

「えぇ……まぁ」


 ルイスはこの期に及んでフィクサーが何を言いたいのか、皆目検討もつかないと彼の言葉を繰り返すように呟くだけであった。


 そして彼はこうも言葉を続ける。


「それは何も庶民だけに限った話じゃない。名のある貴族もまた……それこそデュラン君のような若者でさえも、名誉のためにと戦地へ赴き戦ったのだ。……そこにはある特約が存在しているのをルイス、君は知っているのかな?」

「…………」


 そう訪ねられるとルイスは何も知らなかったため、答えることはなかった。

 だがそこにこそ、デュランが無罪となるべき大義名分が存在し得たのである。


「…………罪の…帳消し」

「な…ん……だと?」


 そう誰かがポツリと小さな声で呟いた。


 それはルイスの背後に居るデュランの口から齎されたものだった。

 その言葉がルイスの耳にも届いていたのか、思わず声の主の方へと体ごと向け、驚いた表情を浮かべてしまう。

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