第221話 爵位
軍が武力で人々や国を支配する存在ならば、宗教は救いと希望、そして慈悲と信仰心により人々の心を支配する存在と言えよう。幼き頃より教育と信仰の名のもとに心奥深くへと刻まれたそれは、大人になってから容易に変えられるものではない。
またそれもあってか、政治において国民を統治するのに宗教が用いられることは、これまでの歴史が証明している。
その理由として一番有効活用できるのは国内に蔓延る政治経済、そして身分格差や社会に対する不平不満を来世への救いという体裁の良い言葉だけで取り繕うことにより、意図的に国民の目をそれらから目を背けさせる目的があったのだった。
大昔より、人々の中で【神】というものは確かに存在していた。
だがそれは誰も彼もの心の中だけに“在るもの”であり、十人いれば十人の神というものが存在していたのである。
それを誰しもが目に見える形として、似せて作ったのが神の形を
それまで漠然と神という存在を想い想像し、心内だけで留めていた人々にとってそれは革新的なものに違いなかっただろう。
人は“心の中で想うこと”と、“目の前に存在する”というものとは圧倒的な差が生じるものである。
そこに自分一人だけが見えるものでなく、大勢の人々が“同じものを見ている”という深層心理こそが、更にそれを加速させ神という存在を位置づけ称え、そして信仰するのである。
そうした信仰心こそが国を操る政治家にとっては心の奥底を汲み取り易く、また意識操作しやすいものであった。
国を主導し、そこに住まう民を導くには、現実の他に信仰心というものが何よりも重要なのだ。
人々はそれを信じ、今の自分というものを否定し、そして次なる自分へと望みを託す……これこそが信仰の本質であり、そしてまた政治利用される由縁でもあるわけだ。
軍も宗教もまた、その性質においては同質であり、何かを信じきるということは次なる望みなのである。
だからこそ国という言葉が生まれ、統治という言葉が生まれ、そして労働というものが生まれていき、それらすべては『信頼』という言葉へと集約されるのだ。
時にそれが悪用され、他国との戦争を引き起こすきっかけに繋がるわけである。
「軍の預かりでもあるデュラン君は、国の英雄にして生き証人であるとも言える。また戦争に赴いた者は誰しもが英雄となり、その身分を少尉としている。これは当てはめれば貴族のそれと同類であると見なされるわけだ」
フィクサーは誰に語るでもなく、そんな言葉を紡いでいく。
まるで独り言のようでもあったが、内実ルイスへと言い聞かせている風にも見て取れた。デュランは傍目でその言葉に耳を傾け、口を挟むことは無かった。
そして彼はこうも言葉を続ける。
「彼の場合には、国の名誉である戦死したものと扱われている。それは軍の規律にて、その階級を三階級特進されているわけだ。つまり今の彼の身分はただの少尉ではなく、軍では少佐という身分に値することになるのだ。ルイス、この意味は君だって知っているだろう?」
「っ!? そ、それは……」
突如として話を振られたルイスは罰が悪そうに言葉を濁し、そしてその言葉の責務から逃れる形で顔を背けてしまう。
フィクサーの言うとおりならば、デュランは未だ軍に所属している。
そして自ら除隊したわけでも、軍から除籍させられたわけでもなかったのである。
また捕虜になっているとは知らずに死んだ者と扱われていたため、階級が少尉から三階級特進させられており、その身分は少佐となっていたのだ。
軍は一度決めた取り決めを覆すことは決してない。何故なら、これまで行ってきた物事すべてを否定してしまうのと同義であり、同時に軍そのものの存在をも否定することに繋がるからである。
よってデュランの今の身分は少佐という階級にあたり、もしそれを貴族の身分に当てはめるとすれば……。
「そうだ、彼こそは国から
フィクサーはデュランのことを称えるが如く、大げさなリアクションとともに言葉でここへ集まっていた人々へと叫んだ。
「「「「「うおおおおおおっっっっ!!!!」」」」」
まるで地鳴りのような人々の叫び声がデュラン達以下、処刑台上に居る者達の耳へと目掛け、容赦なく襲いかかった。
デュランは反射的に耳へ手を当て塞いでみるが、それでも声は空気を割って振るい伝わり地響きとなり、足元からもその震えを伝えてきていた。
それでもなお、フィクサーは何食わぬ然も当然と言った顔付きのまま、脚光と怒声交じりの歓声を処刑台中央付近で胸を張り、両手を広げながらその人々の力を体全体で浴びるかのように受け止めていた。
その姿はまるでこの国の指導者にでもなったかのようでもあり、デュランの位置から見える彼の後ろ姿とその前方へと広がる大勢の人々の姿、そして歓声までもが彼自身を王者たるに相応しい人物であると認めているような錯覚を覚えてしまった。
「(ゴクッ)」
「ふふっ」
そしてデュランが息を飲むのと同時に、彼がクルリッとデュラン達の方へ体を向けて意味深にも微笑んで見せる。
彼の目はデュラン達に対して好意的どころか、まるで挑戦的に満ちた鋭い眼光と、この場で起こったすべての出来事を楽しみ愉快であるとも思える余裕の笑みを差し向けていたのである。
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