第220話 英雄たる理由

「デュラン君。君は確か、数年前に締結され一時収束した『東西戦争』の戦地へと赴いていたと聞いたのだが、それで合ってるのかね?」

「……えっ? あっ、ああ……はい。確かにそのとおりですね」


 突如として訳分からず、フィクサーが数年前デュランの運命を大きく変えるきっかけとなった、東西戦争についてを聞いてきたのである。

 デュランも、まさかこの場でそんなことを問われるとは夢にも思わず、一瞬思考判断が遅れ、彼の言葉を飲み込み理解していてからそのとおりだと答えた。


(いきなり何なんだ? 東西戦争がどうしたって言うんだ? あんなものは数年前にとっくに停戦されたはずだろ? そんなことが今この瞬間、関係あるっていうつもりなのか?)


 デュランは未だその言葉の真意を見出せずにいた。

 けれども次の彼の言葉で、ようやくその意図を理解するのだった。


「確か戦地にて敵側である東の捕虜となり、その後は西こちら側では死んだものと扱われてしまった。君はその後、軍に除籍を願い出たかね?」

「あっ……」


 そこで言われて初めてデュランは、未だ自分の消息を軍へと伝え届けていないこと思い出した。


「ふふふっ。ようやく私が何を言いたいのか、理解できたという顔付きだね。そうだ、君の所属は未だに軍なのだよ。それも戦地へと赴き散ったはずの者が国へ生きて戻れば、庶民達はそれをなんと呼んでいるか知っているかね?」

「…………英雄」


 デュランはフィクサーに導かれる形で、そう口にした。


 戦地へと赴いた者は誰しも等しく【英雄】として扱われる。

 それは戦地で死んだ者はもちろんのこと、生きて戻った者でも同じなのであった。


「ばっ、馬鹿馬鹿しい。デュランのどこが英雄であると、口にしているのですかっ!? まったく話にならない。このような男、ただ戦地で生き延びたにすぎないではないですかっ! それを事もあろうに英雄扱いするなど、とてもじゃないが正気とは思えないっ!!」


 ルイスはデュランのその言葉を聞き、彼が自らを英雄であると口にしたことすらもおこがましいと、憤っている。そしてこうも言葉を続けるのだった。


「仮にデュランが戦地から戻った英雄だったとしても、国の法には逆らえないはずっ!! 死刑執行は裁判の判決を経て正当性を保ち、それを重んじるべき……」

「はぁーっ。ルイス、君は国の英雄を死刑にできるのかい? もしそんなことをしてしまえば、今すぐにでも庶民の暴動……即ち政府に対する反乱へと繋がることになるかもしれないよ。君がその責任を取れるというならば、なぁ~にデュラン君の首を好きなだけ刎ねればいいさ。その代わり、次にあの下へと首を乗せることになるのは君になるだろうけどね」

「なっ……そそそそ、そんな馬鹿なことあるはずが……」

「君のこれまでの言動を鑑みるに、決して無い……とは言い切れないんじゃないかな?」

「ぐっ……ゴクッ」


 フィクサーのその言葉を受けたルイスは、ようやく彼の言葉の意図とその裏に潜む意味を知ることとなる。

 そしてその衝動で喉に痛みを感じるほどの息を飲み込んでしまう。


 当然ここが人の背丈よりも高い処刑台の上ではあったが、目の前に広がる広場には民衆と呼ばれる人々がそれこそ数千人、下手をすれば数万人以上に及ぶほど自分達の姿を見て、今の話を耳にしていたのである。


 もしここでデュランの死刑執行を強行してしまえば、本当にフランス革命のような庶民の反乱クーデターに繋がってしまうかもしれない。それこそ判事の横暴振りと、国の未来を担うべきはずの英雄を殺した事に対する罪を旗印として。


 ここに至り、ルイスは裏の人間であるフィクサーが表舞台に上がってきたのか、ようやくと理解する。

 そうしてフィクサーは更にこんな言葉を続ける。


「それにだ。彼は未だ軍に所属しているということは、軍人を処刑することにもなる。それこそ地方における判事数人が暴走して、国に対する反逆だとは思わなかったのかい? どうだルイス、ようやくその意味を理解することができたかな?」

「ぐっ!?」


 ルイスはその彼の言葉に悔しさとともに、唇を痛いほど噛み締め耐えるほかなかった。


 なんせフィクサーの言葉通りならば、ルイスは今軍人を処刑し損なっていたのだ。当然、軍人は国の直轄であり、統治されていると言ってもよい。それがたとえ末端の人間とはいえ、そんなことをしてしまえば、その命令を下し刑の執行を強行しようとしたルイスを含めたの判事以下、その権限を逸脱し軍法を犯した国に対する反逆者として軍法会議にかけられてしまい、デュランよりも更に残酷な処刑を処される恐れもあった。


 それほどまでに軍とは国の中でも権力ある絶対的な存在であり、他国に対するそれとは違って自国内では規律を正すべく適正に処罰されるのである。

 それが軍というものの規律であり、統制というものなのだ。


 もしそれを蔑ろにしてしまえば、本当の有事の際に軍として正しく機能しなくなってしまうわけだ。

 昔から軍は何よりも規律を重んじ、上官の命令は絶対的であった。それが故に傍若無人っぷりが板につき、下の人間が上の人間に逆らうことは決してなかったのである。


 それは人と人との間だけでなく、軍と国との関係性をも指し示してもいる。

 そのため、時にこうした国の法を捻じ曲げ軍の主張だけが罷り通ることがあったのだ。


 その前には例え裁判所の判事と言えども、決して逆らうことが出来ない。何故なら、彼らの用いる権力とはそれ即ち武力、そして数なのだ。

 隣国ですら屈服させられるほど強大な力を持ち、また国民総数の大多数を占める庶民が英雄扱いする彼らに逆らえる者などいるはずがないのである。


 よって軍こそ力であり、唯一無地の存在とも言える。

 もしそれに対抗できるものがあるとすれば、それは人々の救いという名の信仰なのかもしれない。つまりそれは宗教のことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る